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ヒットラーのむすめ(新装版)

ジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』新装版 さくまゆみこ訳
『ヒットラーのむすめ(新装版)』
ジャッキー・フレンチ著 さくまゆみこ訳 北見葉胡挿絵
すずき出版
2018.03

オーストラリアのフィクション。ある雨の日スクールバスを待っているときに、アンナは「ヒットラーには娘がいて……」というお話を始めます。マークは、アンナの作り話だと思いながらも、だんだんその話に引き込まれ、「もし自分のお父さんがヒットラーみたいに悪い人だったら……」「みんなが正しいと思っていることなのに、自分は間違っていると思ったら……」などと、いろいろと考え始めます。物語としてとてもうまくできています。現代の子どもが、戦争について考えるきっかけになるのではないかと思います。
(装丁:鈴木みのりさん 編集:今西大さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
*産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)

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<新装版へのあとがき>

この本の著者ジャッキー・フレンチは14歳のころ、ドイツ語の宿題を手伝ってくれた人から少年時代の話を聞きました。その人は、ナチス支配下のドイツで育ったのですが、家族も教師も周囲の人もみんなヒットラーの信奉者だったので、自分も一切疑いを持たず、障害を持った人やユダヤ人やロマ人や同性愛者、そしてヒットラーの方針に反対する人々は、根絶やしにしなくてはいけないと思い込んでいたそうです。そしてその人は強制収容所の守衛になったものの、戦争が終わると戦犯として非難され、密出国してオーストラリアに渡ってきたとのことでした。「周囲が正気を失っているとき、子どもや若者はどうやったら正しいことと間違っていることの区別がつけられる?」と、その人は語っていたと言います。

作者のフレンチは、長い間そのことは忘れていました。でもある日家族で「キャバレー」の舞台を見に行った時、息子さんが、ウェイター役が美声で歌う「明日は我がもの」に共感し、その後にそのウェイターや周囲の人々がナチスの制服を着ているのに気づいてショックを受け、「自分もあの時代に生きていたら、ナチスに加わっていたかもしれない」とつぶやいたのだそうです。息子さんは当時14歳。それで、フレンチは自分が14歳のときに聞いた話を思い出し、この本を書かなくてはと思ったのでした。

本書がすばらしいのは、子どもが自分と世界の出来事を関連させて考えたり想像したりしていくところだと思います。今、戦争を子どもに伝えるのは、そう簡単ではありません。体験者の多くがもうあの世へ行ってしまって直接的な出来事として聞く機会は少なくなりました。それに、暗い物語は敬遠され、軽いものがもてはやされる時代です。そんななか、子どもへの伝え方を工夫して書かれたこの物語が、今の日本でも多くの人々に読み継がれているところに、わたしは一筋の光が見えているような気がしています。

さくまゆみこ

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紅のトキの空

ジル・ルイス『紅のトキの空』さくまゆみこ訳
『紅のトキの空』
ジル・ルイス/著 さくまゆみこ/訳
評論社
2016.12

『紅のトキの空』をおすすめします。

今回は書評用に送られて来た本の中に、自分がかかわった作品が入っていたので、それを紹介したい。

著者のジル・ルイスは獣医の資格を持つイギリスの女性作家で、『ミサゴのくる谷』『白いイルカの浜辺』(共にさくま訳 評論社)など、動物や鳥の登場する作品をたくさん書いている。この作品にも、ショウジョウトキという紅色の鳥(「何百何千もの群れが飛んできて、木にとまります。それは、暗い空にともる紅のランタンみたいに見えます」)やハトやワニが象徴的に登場してくる。

主人公の女の子スカーレットは中学1年生。家族は、精神を病む母親と、異父弟で発達の遅れているレッド。スカーレットは、自分がしっかりしないと、愛している家族がばらばらにされてしまうと思って、弟や母親の世話も洗濯も掃除も買い物も、そして勉強もがんばっている、どこから見てもけなげな少女だ。

ところがある日、母親のタバコの不始末が原因で、住んでいたアパートが火事になり、一家は焼け出されてしまう。それにより、母親は病院へ、弟は保護施設へ、そしてスカーレットは一時的な里親のもとへ。でも、レッドには自分がどうしても必要だと思っているスカーレットは、ひそかに弟を誘拐して一緒に暮らす計画を練る。そして、誘拐には成功するのだが・・・。

ジル・ルイスの人間を見る目が深い。そして、里親になったルネの一家や、傷ついた鳥を保護しているマダム・ポペスクなど、子どもを理解する大人が登場するのもいい。

子どもに寄り添って物語を紡ぎ出す著者は、スカーレットの「けなげさ」をそのままよしとするのではなく、最後にすてきな解決法を用意している。

(「トーハン週報」Monthly YA 2017年4月10日号掲載)

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わたしのおひっこし

イヴ・バンティング文 ローレン・カスティーヨ絵『わたしのおひっこし』さくまゆみこ訳
『わたしのおひっこし』
イブ・バンティング文 ローレン・カスティーヨ絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2017.12

イギリスの絵本です。コーリーという女の子の家の庭に、家具や本や電気製品など、いろいろなものが置いてあります。これまでコーリーの家族が使っていたものをずらっと並べて、セールをしているのです。一家が、何らかの経済的な理由があって、一軒家から小さなアパートへ引っ越すことになったからです。
なじみ親しんできたものや友だちとの別れは悲しいし、さみしい。けど、セールが終わったときには、愛し合っている家族の結びつきはこれまで以上に強くなったようです。
途中で、コーリーの愛読書が『おやすみなさい、おつきさま』だということもわかったりして、味わい深い作品です。
(装丁:城所潤さん+岡本三恵さん 編集:相馬徹さん)

 

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<紹介記事>

・毎日新聞北陸版 2018年2月5日

 

・小学図書館ニュース第1126号

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あさがくるまえに

ジョイス・シドマン文 ベス・クロムス絵『あさがくるまえに』さくまゆみこ訳
『あさがくるまえに』
ジョイス・シドマン文 ベス・クロムス絵 さくまゆみこ訳
岩波書店
2017.12

アメリカの絵本。絵が多くのことを物語っています。背景は冬の街、テーマは、願いと言葉の力。私は、ベス・クロムスの絵が大好きで、いつか翻訳を手掛けられたらいいな、と思っていたのですが、今回それが実現しました。描かれているのは、子どもの素朴な願いですが、この絵本をきっかけに、言葉の力、願いの言葉について思いをめぐらせてもらえるとうれしいです。

飛行機の操縦士をしているお母さん、疲れたお母さんのためにお茶のしたくをするお父さん、なんていう家族がそれとなく描かれているのもいいですよ。家にはネコも犬もいます。

とてもいい紙を使って印刷してくださったので、原書よりテカらなくて、おちついた感じに仕上がっています。
(編集:須藤建さん)

◆◆◆

<作者あとがき>より

あなたのねがいはなんですか? そのねがいをあらわすのにぴったりの言葉をみつけて、声にだしてみましょう。そうしたら、つつみこむような暗い夜の底にも、雪のかけらが、ひらひらとまいおりてくるかもしれませんよ。

ジョイス・シドマン

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<紹介記事>

・MOE 1928年3月号

 

・読売新聞 「本こども堂」2018年3月20日

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紅のトキの空

ジル・ルイス『紅のトキの空』さくまゆみこ訳
『紅のトキの空』
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2016.12

イギリスの児童文学。『ミサゴのくる谷』や『白いイルカの浜辺』でおなじみのジル・ルイスの作品です。ルイスは獣医でもあるので動物の描写が正確だし、困難な状況を抱えた子どもたちに寄り添おうとする気持ちが、この作品にも反映されています。
この作品に象徴的に登場するのは、ショウジョウトキ(スカーレット・アイビス)。トリニダード・トバゴに生息する真っ赤なトキです。そこから名前をつけられたスカーレットは12歳で、褐色の肌(写真でしか知らない父親がトリニダード・トバゴの人だったのです)。精神的な問題を抱えた母親と、発達が遅れている白い肌(父親が違うということですね)の弟との3人暮らし。毎日の生活をなんとか回しているのはスカーレットなのですが、なにせ12歳なのでそれにも限界があります。
スカーレットは母を心配し、弟を守ろうと懸命なのですが、住んでいるアパートが火事になったことから、これまでの暮らしとは違う世界に投げ出されてしまいます。果たしてスカーレットたちは、自分の居場所を見つけることができるでしょうか?この作品にも、傷ついた鳥や捨てられた鳥の世話をしているマダム・ポペスクという魅力的なおばあさんが登場します。
ジル・ルイスは後書きで、主人公スカーレットのような、家族の責任を自分が背負わなくてはいけないと思っている子どもが、英国にはたくさんいると書いています。また、「家」や子どもの居場所について考えて書いた本だとも述べています。
(装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん 編集:岡本稚歩美さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定

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<紹介記事>

・「子どもと読書」(親子読書・地域文庫全国連絡会)2017年5〜6月号

 

・「こどもとしょかん」(東京子ども図書館)2017年春号

 

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2018年1月号

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白いイルカの浜辺

ジル・ルイス『白いイルカの浜辺』表紙(さくまゆみこ訳 評論社)
『白いイルカの浜辺』
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2015.07

イギリスのフィクション。主人公の少女カラは、難読症で学校でいじめにあっています。自然保護活動をしている母親は、野生のイルカを調査中に行方不明ですが、カラはいつか帰ってきてくれるものと信じています。やはり難読症の父親は、細々とエビ漁を続けながらひたすら途方に暮れています。ある日、カラの学校に転校生フィリクスがやってきました。フィリクスは、脳性麻痺で手足が不自由ですが、人一倍の自信家でもあり、ITオタクでもあります。
カラたちの暮らす漁村は、今のところ底引き網漁が禁止されていますが、もうすぐその禁止が解かれることになっていて、カラは、沿岸の海の自然が生物もろとも根こそぎ破壊されてしまうと心配しています。
そんなある日、カラは浜辺にのりあげている白い子イルカを見つけます。白いイルカはプラスチックの網にからまって大けがをしているのです。カラは、まわりの人たちの力を借りて、白いイルカのいのちを助けようと奮闘し、やがてクラスメートや地域の人も巻きこんで、底引き網漁に反対する活動を始めます。
ハラハラどきどきの冒険物語でもあり、親と子の物語でもあり、地域や政治とのかかわりの物語でもあり、大自然とITを対比する物語でもあり、そして何より動物について深く知ることのできる物語です。著者のジル・ルイスは獣医さんでもあるので、動物や自然についての描写は的確でウソがありません。おもしろいです。
(編集:岡本稚歩美さん 装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん)

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<紹介記事>

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2016年2月号

 

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ノックノック〜みらいをひらくドア

『ノックノック:みらいをひらくドア』表紙(さくまゆみこ訳 光村教育図書)
『ノックノック〜みらいをひらくドア』
ダニエル・ビーティー文 ブライアン・コリアー絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2015.07

アフリカ系アメリカ人の男の子を主人公にしたアメリカの絵本です。「ぼく」とパパは、毎朝「ノックノック」のゲームをしています。パパがドアをたたくと、ぼくは寝たふり。そしてパパがベッドまで来るとぼくはパパにとびついて「おはよう」と言うのです。

ところがある朝以来、ノックノックの音が聞こえなくなってしまいました。ぼくは、パパが恋しくて、手紙を書きます。「パパ、かえってきて。ぼくは パパみたいに なりたいんだ。でも、パパが どんなだったか、わすれてしまいそう」と。ぼくの手紙は机の上に置かれたまま月日がたつのですが、とうとうある日、パパからの返事が机の上にのっていました。「すまないが、わたしは かえれない」で始まる返事の手紙が。父親の愛情にあふれるこの手紙がすてきです。

この絵本は、作者ビーディーの実体験を元に書かれています。ノックノックの遊びをしていたビーディーの父親も、家族から引き離されて投獄されたのでした。ビーティーは後書きでこう言っています。「後に小さな子どもたちを教える立場になった私は、多くの子どもたちが投獄、離婚、死などの理由で父親の不在と向き合っていることを知りました。こうした体験に後押しされ、子どもの視点から描いたこの絵本ができあがりました。この絵本はまた、父親をなくした子どもであっても、すばらしい人生を歩むことができるという希望も語っています」
(装丁:城所潤さん 編集:相馬徹さん)

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<紹介記事>

・「産経新聞」2015年8月16日

 

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2016年12月号

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ローズの小さな図書館

キンバリー・ウィリス・ホルト『ローズの小さな図書館』
『ローズの小さな図書館』
キンバリー・ウィリス・ホルト/著 谷口由美子/訳
徳間書店
2013.07

『ローズの小さな図書館』をおすすめします。

最初に登場するのは、父親が蒸発して貧しくなった家庭のローズ。家計を助けるために年齢を偽り、14歳で移動図書館車のドライバーとして働き始めます。1939-40年のことです。でも、この本の主人公はローズだけではありません。第二部はローズの息子のマール・ヘンリー(時代は1958-59年)、第三部はマール・ヘンリーの娘のアナベス(1973年)、第四部はアナベスの息子のカイル(2004年)が主人公になっています。

四部構成になったどの物語も図書館が舞台というわけではなく、主人公の中には本嫌いもいます。内容も、不注意でわなに愛犬がかかってしまった話、恋といじめの話、アルバイトで子どもの劇を手伝う話など、様々です。とはいえ、だれもが、なんらかのかたちで本や図書館にかかわっています。

この作品には、4世代にわたるアメリカの10代の日常の変遷を生き生きとたどれるおもしろさがあります。人によって本の読み方も、本に求めるものもいろいろだということも、よくわかります。21世紀に入ると、アメリカでもホームレスの人たちが図書館を昼の居場所にして、ハリー・ポッターなどを読んでいる、なんてこともわかります。ただし、カタカナ名前がたくさん出てくるので、本の最初のほうに載っている家系図を見ながら読み進めるといいでしょう。

そして最後の第五部には、ひいおばあちゃんになったローズがもう一度登場します。79歳のローズはこれまでの体験を本に書いてとうとう出版したのです。お祝いの場に、ここまでの物語に登場してきた人物が勢揃いする(亡くなった人は別ですが)のも、おもしろいところです。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年2月10日号掲載)


おとうさん おかえり

マーガレット・ワイズ・ブラウン文 スティーヴン・サヴェッジ絵『おとうさん おかえり』さくまゆみこ訳
『おとうさん おかえり』
マーガレット・ワイズ・ブラウン文 スティーヴン・ サヴェッジ絵 さくまゆみこ訳
ブロンズ新社
2011.02

夜になると、お父さんたちが帰ってきます。魚のお父さんも、テントウムシのお父さんも、ウサギのお父さんも、クモのお父さんも、犬のお父さんも、小鳥のお父さんも、カタツムリのお父さんも、ブタのお父さんも。ライオンのお父さんは、ちょっと別ですけどね。そして、「ふなのりの おとうさんは、うみから あがり、おとこのこの ところに かえってきます。」「おとうさん おかえり!」
マーガレット・ワイズ・ブラウンが、この絵本の文章を書いたのは1940年代初頭で、戦争からお父さんたちが帰ってくる時代でした。サヴェッジは父親の自分が仕事を終えて娘のもとへ帰っていくことをイメージして、2年間かけて絵を書きました。原画は、リノリウム板を使った版画です。
(装丁:坂川事務所 編集:沖本敦子さん)


よぞらをみあげて

ジョナサン・ビーン『よぞらをみあげて』さくまゆみこ訳
『よぞらをみあげて』
ジョナサン・ビーン作 さくまゆみこ訳
ほるぷ出版
2009.02

アメリカの絵本。女の子が夜の風にさそわれて、ふとんや枕をかかえて屋上に出ていきます。頭上にはひろびろとした空が広がり、女の子はお月様を見上げながら眠りの世界に入っていきます。女の子をそっと見守るお母さんがすてき。
原書は主人公の女の子がsheという三人称でしか出てこなかったのですが、いくら日本語では主語が省略できるといっても、まったく出さないわけにはいきません。子どもの本では「彼女」は使えないので、「この子」?「女の子」?といろいろ考えたのですが、sheと比べると音数も多いし、どうしても硬い感じになってしまいます。そこで作者といろいろ相談して、最終的には許可をいただき一人称で訳しました。
(装丁:羽島一希さん 編集:小山侑希子さん)

ボストングローブ・ホーンブック賞受賞


沈黙のはてに

アラン・ストラットン『沈黙のはてに』さくまゆみこ訳
『沈黙のはてに』
アラン・ストラットン著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2006.01

カナダのYA小説。HIV/エイズがテーマです。舞台は南部アフリカ、主人公は16歳のチャンダ。母親と義父、妹二人、弟と暮らしています。義父がエイズになり、母親は自分もエイズにかかっていることを知り、子どもたちに迷惑をかけまいと一人で田舎に戻ります。「エイズ」という語はタブーで、口にすれば地域で仲間外れになるからです。同じようにエイズで両親を亡くした親友エスターと支え合いながら、チャンダが沈黙のタブーを破り、運命を切りひらいていこうとする物語。
『ヘブンショップ』(デボラ・エリス著 さくま訳)も、カナダの作品でした。日本の作家だと、わざわざ外国に出かけて取材したうえで作品を書いたりはしないと思いますが、カナダは、多文化理解という点では児童文学も一歩先を行っているように思います。
(イラストレーション:沢田としき 装丁:タカハシデザイン室 編集:山浦真一さん)

*プリンツ賞銀賞受賞


ミラクルズ ボーイズ

ジャクリーン・ウッドソン『ミラクルズボーイズ』さくまゆみこ訳
『ミラクルズ ボーイズ』
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
理論社
2002.11

アメリカのフィクション。ニューヨークのハーレムで、三人の兄弟が生き抜いていく物語です。兄弟の父はアフリカ系アメリカ人で、池で溺れそうになった白人女性を助けて低体温症になり、命を落としてしまいます。兄弟の母はプエルトリコ人で、病気で亡くなります。残された息子たちは、それぞれがトラウマを抱えながら、なんとか三人で生きていこうとします。
(絵:沢田としきさん 装丁:高橋雅之さん 編集:小宮山民人さん、奥田知子さん)

*コレッタ・スコット・キング賞受賞


あかちゃんのゆりかご

レベッカ・ボンド『あかちゃんのゆりかご』さくまゆみこ訳
『あかちゃんのゆりかご』
レベッカ・ボンド作 さくまゆみこ訳
偕成社
2002.01

赤ちゃんが生まれてくるのを知って大喜びの家族。お父さんは、海で静かに揺れる船や、巣の中で静かに揺れる小鳥たちのことを考えながら、ゆりかごをつくります。おじいちゃんは、同じ地球に暮らすほかの動物たちのことを考えながら、ゆりかごに魚や動物の絵を描きます。おばあちゃんは、家族や親戚のことを一人一人思い出しながら、端切れを縫ってベッドカバーを作ります。お兄ちゃんは、早くいっしょに遊びたいなと思いながら、ベッドにつけるモビールをつくります。そして、お母さんはそのゆりかごを、窓辺に持って行って「そとを みながら、やわらかな つきのひかりや すがすがしい あさひのことを かんがえました。よぞらのほしや ひんやりした よるのくうきのことも かんがえました」。
やがて生まれてきた赤ちゃんが大泣きしても、だいじょうぶ。家族のそれぞれが思いをこめながら完成させたゆりかごに寝かせると、赤ちゃんは安心して、すやすや眠るのです。どの見開きにも、黒い犬が登場しています。犬も見守っているのですね。
(装丁:渋川育由さん 編集:和田知子さん)

・全国学校図書館協議会・選定図書
・社会保障審議会推薦文化財
・日本子どもの本研究会選定図書
・日本図書館協会選定図書

◆◆◆

<紹介記事>

・「おさなご」(長野県市立幼稚園協会編)2012.03

文字がわからない子どもたちにも温かい絵柄と色彩で楽しめる1冊。赤ちゃんが生まれてくるとわかった時の家族の喜びは誰も同じ気持ち。お父さんはゆりかご作りに取り掛かり、おじいちゃんはそのゆりかごにペンキを塗ります。おばあちゃんはベッドカバーを作り、お兄ちゃんはおもちゃを作りました。赤ちゃんに注がれるやさしい家族の眼差しに、心が温かくなります。

・「紀伊民報」2017年4月7日

もうすぐ赤ちゃんが生まれます。家族は手を取りあって、大喜び。
お父さんは、すべすべにかんなをかけた板でゆりかごを組み立てました。おじいちゃんは、そのゆりかごにペンキを塗って、青い海や空を飛ぶ大きな鳥を描きました。おばあちゃんは、小さな布を縫い合わせてベッドカバーを作りました。お兄ちゃんは、赤ちゃんが楽しめるように、モビールをゆりかごに付けました。
家族の一人一人が、赤ちゃんが生まれてきてからの新しい世界をうっとりと思い浮かべながら、リレーのようにゆりかごを作り上げていきます。その様子を、そっと見守るお母さん。赤ちゃんがお母さんのおなかで育っていく間に、足りないところはひとつもないすてきなゆりかごが、出来上がりました!
絵本全体に、新しい命を迎える喜びがあふれています。この絵本を読みながら、お子さんがおなかにいたときのことや、赤ちゃんのときのことを一緒にお話ししてみるのもいいですね。自分が生まれてきたときのことを家族から聞くことで、自分がどれだけ大事にされているのかを、実感できるのではないでしょうか。この4月から、新しい環境に飛び込んだ子どもたちも多いと思います。自分が大事にされているという実感は、きっと、子どもたちの背中を後押ししてくれるでしょう。(県立紀南図書館)

・「月刊リトル・ママ」〜妊婦さんにおすすめの本〜 2018年10月15日号

お父さんが作ったゆりかごにおじいちゃんが色を塗り、おばあちゃんがベッドカバーを縫い、お兄ちゃんがモビールを作って・・・と、赤ちゃんが待ちきれない一家のお話。赤ちゃんが少し大きくなってから、「こんなふうに待っていたんだよ」と読んであげてもいいですよ。

・「RADIANT」(立命館大学研究部)2018年3月号〜年代を超えて、心に働きかける絵本〜

お母さんは妊娠中。お父さんがゆりかごを作ると、おじいちゃんとおばあちゃん、そしてお兄ちゃんは赤ちゃんのためにゆりかごを飾り、赤ちゃんがやってくるのを待っている。家族の温かさと赤ちゃんを待つ喜びを感じさせる絵本。


ふれ、ふれ、あめ

カレン・ヘス文 ジョン・J・ミュース絵『ふれ、ふれ、あめ!』さくまゆみこ訳
『ふれ、ふれ、あめ』
カレン・ヘス作 ジョン・J・ミュース絵 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2001.07

アメリカの絵本。ニューベリー賞を受賞したヘスの詩的な文章と、緑と光と熱気と雨の表現がすばらしいミュースの絵。暑い暑い夏にぴったりの絵本です。恵みと豊かさをもたらす雨が降ってみんなの気持ちがほどけ、さまざまな肌の色の家族がみんな笑顔になっていく様子がよく表現されています。
(装丁:鈴木康彦さん 編集:河本祐里さん)


メイゾンともう一度

ジャクリーン・ウッドソン『メイゾンともう一度』さくまゆみこ訳
『メイゾンともう一度』 (マディソン通りの少女たち3)

ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
ポプラ社
2001.04

アメリカのフィクション。「マディソン通りの少女たち」の第3巻。新しい学校に通い始めたメイゾンとマーガレットですが、メイゾンの前には蒸発した父親が現れます。マーガレットは、不自然なダイエットに苦しんだり、メイゾンとの仲がぎくしゃくするのに悩んだりします。キャロラインという白人の少女や、ボーという黒人の少年とも友だちになって、二人は成長していきます。
(絵:沢田としきさん 装丁:鳥井和昌さん 編集:米村知子さん)


マーガレットとメイゾン

ジャクリーン・ウッドソン『マーガレットとメイゾン』さくまゆみこ訳
『マーガレットとメイゾン』 (マディソン通りの少女たち1)

ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳 沢田としき挿絵
ポプラ社
2000.11

アメリカのフィクション。ニューヨークに住むアフリカン・アメリカンの少女の友情物語。『レーナ』の作者ジャクリーン・ウッドソンが自分の子ども時代を思い出して書いたシリーズ〈マディソン通りの少女たち〉の1巻目です。祖母に育てられたメイゾンと、父を亡くしたマーガレットが主役ですが、超能力をもつデルさん、北米先住民のおばあちゃんなど、脇役も魅力的です。
(装丁:鳥井和昌さん 編集:米村知子さん)

SLA夏休みの本(緑陰図書)選定
*JBBY賞・翻訳者賞(シリーズ対象)


オーブンの中のオウム

ヴィクター・マルティネス『オーブンの中のオウム』さくまゆみこ訳
『オーブンの中のオウム』
ヴィクター・マルティネス著 さくまゆみこ訳
講談社
1998.11

メキシコ系アメリカ人の詩人が初めて書いたYA文学で、メキシコからの移民チカーノの少年の息づかいが伝わってきます。父親は飲んだくれのうえに暴力をふるう。兄や姉はいつもトラブルに巻きこまれる。一家はいつも貧困と差別と暴力にさらされているけれど、その家族を見る著者の目には、ぬくもりも感じられます。アメリカ人やスペイン語の得意な方に聞いてもわからないチカーノ特有の表現がたくさん出てくるので、作者に何度もe-mailで問い合わせたりして、翻訳には苦労しました。
(表紙絵:木村タカヒロさん 装丁:鈴木成一さん 編集:神田侑子さん、長田道子さん、沼田敦子さん)

*全米図書賞受賞、産経児童出版文化賞受賞


レーナ

ジャクリーン・ウッドソン『レーナ』表紙(さくまゆみこ訳 理論社)
『レーナ』
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
理論社
1998.10

アメリカのフィクション。アフリカ系のマリーの父親は大学で教えていて、いい家に住んでいます。でも母親は家を出て世界各地を回って自分探しをしています。そんなマリーの学校に転校生のレーナがやってきました。白人のレーナの母親はガンで亡くなり、父親はいわゆる「プアホワイト」。このあたり、従来のアフリカ系の作家が書いた作品とは設定が逆転しています。マリーとレーナは肌の色が違うのを乗り越えて友だちになります。でも、レーナには秘密がありました。父親から性的虐待を受けていたのです・・・。
作者のウッドソンはアフリカ系アメリカ人の女性で、私、この人の大ファンです。表現はとてもリリカルなのに、きちんと社会問題(この作品は、人種問題、児童虐待など)を扱っているんです。父と娘二組の物語でもあります。ぜひ読んでください。沢田さんの表紙絵がまたいいですね。
(絵:沢田としきさん 装丁:高橋雅之さん 編集:平井拓さん)

*ジェーン・アダムズ児童図書賞銀賞受賞
*コレッタ・スコット・キング賞銀賞受賞


風が吹くとき

レイモンド・ブリッグズ『風が吹くとき』さくまゆみこ訳
『風が吹くとき』
レイモンド・ブリッグズ作 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
1998.09

これは、もともとイギリスで1982年に出版された作品で、日本語訳は以前別の出版社で出ていましたが、今回翻訳をし直してあらたに出版することになりました。出版当時から、漫画のコマ割りの手法を使ってシリアスな問題を描いた、絵本の常識をくつがえす作品として、大きな評判を呼んだ作品です。それから15年以上たった今、ソ連は崩壊し、米ソ2大国が国際政治を大きく左右していた時代は去って、世界の情勢はもっと複雑になってきているように思えます。しかし、最近のインドやパキスタンの核実験で明らかになったように、核兵器をパワーゲームの切り札とみなす風潮はまだまだ盛んです。そういう意味では、核戦争の脅威は去ったわけではありません。まだ、核は使用しなくても、ジムやヒルダのようなふつうの人たちが犠牲になる戦争は、世界各地で多発しています。レイモンド・ブリッグズがこの絵本で描こうとした状況は、表向きの形は変わっても、今でも存在しているのです。この絵本が、親子いっしょに、もう一度核の問題、そして戦争の問題を考えるきっかけになってくれれば幸いです。
(編集:山浦真一さん)


その時ぼくはパールハーバーにいた

グレアム・ソールズベリー『その時ぼくはパールハーバーにいた』さくまゆみこ訳
『その時ぼくはパールハーバーにいた』
グレアム・ソールズベリー著 さくまゆみこ訳
徳間書店
1998.07

アメリカのフィクション。真珠湾奇襲のときハワイに暮らしていた日系ハワイ人の少年トミカズとその一家の物語。日米関係が緊迫してくると、移民してきた父親と、日本から呼び寄せた祖父は、収容所に入れられてしまいます。自分はアメリカ人だと思っていたトミカズも、それまで遊んでいた友だちと遊べなくなります。日常生活が一変して、悩みながらも成長していく少年を描いています。
著者ソールズベリーの父親は、第二次大戦の日本軍との戦いで戦死しているのですが、それでもこういう物語が書けるのですね。表紙絵を描いているのが横山隆一さんのお嬢さんなので、トミカズ少年はどこかフクちゃんに似ています。
(表紙絵:横山ふさ子さん 装丁:森枝雄司さん 編集:米田佳代子さん)

*スコット・オデール賞受賞


アフリカの子〜少年時代の自伝的回想

『アフリカの子〜少年時代の自伝的回想』
カマラ・ライェ作 さくまゆみこ訳
偕成社
1980.02

西アフリカのギニアでマリンケ人として生まれ育った作家が、少年時代を誇りをこめてふりかえった自伝的小説。鍛冶屋のお父さんの仕事、ワニのトーテムに守られたお母さんの不思議な力、太鼓のひびき、成人になるための儀式、村の日常生活、グリオのパフォーマンスについてなど、おもしろくて興味深い記述にあふれています。(カット:エム・ナマエさん 編集:家井雪子さん)