ジーン・ウィリス/作 山﨑美紀/訳
徳間書店
2024.10
ANNE:動物好きの少年と野生のカラスとの心温まる交流の物語かなぁと読み始めたのですが、ハッピーエンドではない結末に少し驚きました。もちろん、新しい出会いは描かれているのですが。1950年代のイギリス、ロンドン郊外の町が舞台です。戦後の混乱が収まらない中、主人公の少年も含めて、子どもたちは現代では考えられないような日常生活を送っています。当時の社会情勢や町の雰囲気がなかなか想像できず、万引きや暴力行為が普通に描写されているところが気になりましたが、戦時中捕虜になった経験を持つ父親と少年の心がカラスの保護を通じて通い合うところが心に響きました。あまりいい印象を持たれていない日本のカラスをイメージしながら読んでしまったのですが、あとがきに付けられたニシコクマルガラスの写真はとても可愛かったので、おはなしの冒頭にこの写真があったら良かったかと思います。
ハリネズミ:再読しました。ミックがお父さんが英雄なのかどうなのか、とてもこだわっていて、そのストーリーと、コクマルガラスのジャックをめぐるストーリーが、あまりしっくり噛み合わないような気が最初はしていました。もちろんジャックが死の危険があっても自由に飛べるほうがいいのか、という点と、ナチスの捕虜になっても生き延びるほうがいいのか、ということがかかわっているのはわかったのですが。2度目に読むと、ミックはお父さんから話を聞いて、生きるというのは、そんなに単純なことではないのだということがわかってきたのだと思いました。ジャックの話のほうは、糞騒ぎ、誘拐騒ぎ、列車で遠くまで旅する騒ぎ、行方不明騒ぎなど波乱万丈で、ドキドキしながらとてもおもしろく読めました。人の命も動物の命も軽んじられていた戦争がようやく終わって、怪我をして放って置くと死んでしまうジャックをミックが助け、その気持を地域のみんなも知って応援したりおもしろがったりするところがひしひしと伝わってきて、いいですね。そして作品のモデルになった実話だと、ミックは動物園の飼育係になるのですよね。
ヤマガラ:率直な感想をいわせてもらうと、今回の課題書2冊を読んで、『森に帰らなかったカラス』の文学としての圧倒的な厚さと『オンライン・フレンズ@さくら』の圧倒的な薄さにショックを受けました。『森に帰らなかったカラス』のほうは、大戦直後の市井の人々の暮らしが生き生きと描かれていて、主な登場人物だけでなく、パブに来る足の悪い男の人とか、掃除をする人までくっきりと目に浮かぶように書きこんであり、作者に導かれて物語の世界に入っていけました。作者がカラスの飛翔と、主人公ミックのお父さんの戦闘機の話が結びついたときにストーリーが始まったと後書きに書いていますが、その二つがスパークして物語が生まれたというところに、単なる動物物語に終わらせなかった作者の力量を感じました。子どもたちが悪さをしたり、タバコを吸ったりするところに違和感があるというご意見がありましたが、日本での戦後すぐの浮浪児や戦災孤児が身近にいて、大人たちの悔恨と懺悔と憐れみが入り混じった子どもたちへの視線を覚えている身としては、不自然には感じませんでした。主人公がお父さんが捕虜になったかもしれないことを屈辱と思っているところも、戦時下の子どもたちが抱く、ごく自然な感情なのでは? ジャックの最後は悲しいけれど、この場面がないと、ほのぼのした話で終わってしまう。p226の文章、美しいですね。無限の宇宙を飛びまわっているジャックを想像することによって、ミックが慰められ、立ち直っていく姿を見事に描いていて、感動しました。
雪割草:動物との交流を描いた作品が好きなので、おもしろく読みました。ジャックをとりまくあたたかい人たちがいいなと思いました。サンプソンさんなんかはありありと思い描くことができて、サンプソンさんならこうしてくれるだろうなと想像もできるくらい、よく描きこまれていると思いました。ただ、ひとつだけ納得がいかず、もやっとした読後感がありました。それは、ジャックは小さなパイロットだった、大好きなことをして死んだのがせめてもの救いだと表現されるジャックの死と、第二次大戦中に戦死したパイロットの死が重ねるようにして語られていることです。戦死したパイロットは犠牲者なので、ジャックとは全然違うと思います。同類だとまではいっていませんが、文脈上、読んでいると重ねてしまうと思います。上手だなと思ったのは、木箱の使い方です。お父さんが戦争の思い出の品を入れていた木箱は、ジャックの飛行練習のときにミックたちが見つけます。ジャックが自由に飛びまわることができるようになると、お父さんが封印していた戦争の記憶も少しずつ紐解かれていきます。そして、ジャックの死によりその記憶がお父さんからミックに共有され、空になった木箱にジャックの亡骸を入れて埋葬します。最後に、蚕好きとしては、パラシュートが絹でできていたとは知らなかったので興味深かったです。
エーデルワイス:主人公が動物好きで自然に親しんでいることが伝わってきます。ニシコクマルガラスのジャックばかりでなく、さまざまな動物植物の生態が描かれています。両親も愛情深く見守り、パブに集まる人々、町の人たちがみなジャックを好きだという実話に驚きです。写真で見ましたがニシコクマルガラス可愛いですね。日本のハシブトガラスを好きにはなれません。身近で数々のイヤなエピソードがあるからです。賢いですから悪さもたくさんします。私も絹でパラシュートを作っていたことを初めて知りました。ジャックが巣の中に隠していたお父さんの記念のキャタビラーバッジを見つけて、お父さんの戦争体験の話となる件が見事です。原作では「ジャッコ」という名前だったのが、馴染みがないからと日本語訳では「ジャック」になったそうですが、「ジャッコ」のままでもよかったと思うのですが、何かあるのでしょうか?
ハリネズミ:私も同じ意見です。ジャッコのままでいいのに、と思いました。
ハル:この少年は、のちに動物園の飼育員さんになるんだなと思いながら、楽しく読みました。時代感としては映画『スタンド・バイ・ミー』の少年たちに近いですかね。ギャングとか、モラルとか、お父さんが戦争でヒーローだったことを自慢するところとか。でも、時代感の違いや登場人物の多さ(ときどき、誰が誰だかわからなくなるので、登場人物ももう少し整理できそうだなと思いながら)から、ちょっと読みづらさはありました。戦争が残した傷やお父さんの秘密と、カラスを育てることとは、うまく絡んでいるようで絡んでいないというか、私はちょっとどっちつかずになったような印象もありました。
オカピ:拾った鳥を育てる主人公の物語はよくありますが、この作品には、実話に基づく強さがあります。さらに、戦争が残したものとどう折り合いをつけるかというテーマが入ってくるのが、ほかの物語とくらべて新鮮でした。
きなこみみ:カラスのジャックとミック少年の日々が魅力的で、昨年読んだときは動物好きのミックの心情にシンクロしながら読んだんですけど、2回目に読んだ今は特に、ミックの周りの大人たちから立ちのぼる戦争の気配がとても興味深い作品だなと感じました。ミックの父はランカスター爆撃機で33回出撃した空軍の飛行軍曹なんですけど、戦争の話をミックには全くしなくて、ミックはそのことがずっと心にひっかかってもやっとしていて、その謎がこの物語の通奏低音になっていると思います。子どもらしく、自分のお父さんのことを英雄だと思いたいからなんですね。爆撃機というと、私はロバート・ウェストールの『ブラッカムの爆撃機』(宮崎駿 編 金原瑞人 訳 岩波書店)をどうしても思い出してしまうんですが、まず33回出撃して命があったというのは、奇跡に近いようなことだったのではないかと思います。あまりにも致死率が高いので、米英空軍の爆撃機の乗組員は30回出撃すれば前線から引き揚げることができたらしいのです。しかし、乗組員の3分の2は30回の出撃を生きて終えることは出来なかったというのを読んだことがあります。当時の爆撃機は、この本にもあるようにあっという間に炎上する危険なもので、あまりにもたくさんの若者たちが死んでいったんです。帰ってきた者たちも、体や心に深い傷を負ってしまったと思います。小さなカラスのジャックを、帰還兵が集まるミックの父の店の人たちや大人たちが可愛がったのは、そんな痛みが背景にあるのだろうなと思ったんですね。
ジャックが事故で死んでしまったとき、駅長のサンプソンさん、私はこのサンプソンさんがとても好きですが「またひとつ、大事な命が失われてしまった……」(p245)って言うんです。サンプソンさんは奥さんを亡くしているんで、そのこともあるのでしょうけれども、ジャックの死に、奥さんの死だけではなく、いろんな思いが重ねられているんだろうなと思いました。イギリスは戦勝国なんだけども、華々しい英雄譚ではない、影の部分をみんなトラウマとして抱えていたんじゃないでしょうか。ジャックの、国旗に包まれた立派な弔いは、まるで若い兵士を悼むようだなと思ったんです。でも、ジャックの死の痛みを共有することで、お父さんはミックに戦争の経験を話すことができて、自分の感情も解き放つことができた。
日本でも戦争の話を日本に帰ってから家族に語った人は、あまりいなかったんです。でも、そのトラウマは大きく深く日本の社会に刻まれているのではということが最近クローズアップされていますが、そう思うと、ジャックという、動物ならではの無垢な存在というか、人間が介在したことで、命永らえて、でも、人慣れしてしまったから、列車の事故で早く死んでしまった存在の不条理というか、だからこその愛しさや悲しみがもっと深くなるようでした。動物と暮らしている私には、ジャックがいなくなったり、アクシデントに巻き込まれたりするたびに、胸が千切れるほど心配するミックの気持ちがわかりすぎて、読むのに時間がかかってしまいましたが、よい本でした。
マリメッコ:この物語は実話をもとにしていて、それが強いな!と思いました。フィクションで、カラスがこんな死に方をしたら、作者に八つ当たりしたくなりそうですが(笑)実話ならしょうがないですね。動物との触れ合いがいきいきと描かれているのはもちろん、大人の人間たちとの交流も、素敵だと思いました。両親がやっているパブに現れる常連たちや、なんでも無理難題を聞いてくれるすごい包容力のサンプソンさんや、ツンデレのハーベイさんなど、それぞれキャラが立っています。カモ猟に連れて行ったブライアンなど、悪い大人もいて、いい人たちばかりじゃないのもポイントです。主人公のミックが、そんな大人に見守られて、同年代の友情もあって、健やかに育っていく様子がわかるので、読んでいてノスタルジーを感じるというか、惹き込まれました。お父さんのことをヒーローだと思いたいけれど、戦争捕虜になった事実を知ります。それは名誉なことではないと感じますが、最後にお父さんが生き延びた瞬間の凄まじい状況を知り、戦争とはヒーローの物語ではないのだと悟ります。少しずつ大人に近づいていくミックを感じました。
さららん:読み始めたときは文章に戸惑い、なかなかカラスが出てこないので、読み通せるかと思ったけれど、物語の世界に入ったらどんどんページが進みました。脇役にはブライアンのようなワルや、少年院に入ったという兄弟も出てくるし、そもそも主人公のミックが肉屋から白ウサギを助けだす(逃がす?盗む?)ところからお話が始まります。ジャックの親友のケンも最高にいいやつなのに、タバコをくすねたりするし、ミックの父さんの経営する店には、ガスのような少し障碍のある人物もやってきます。けれども、人と人とが分断されがちな今の世の中とちがって、戦争の傷跡が残るこの時代のイギリスには、ちゃんとコミュニティがあるのですね。ジャックの存在を核にして、それがいっそう生き生きとしてくる。大人も子どもも生きることに精一杯ななか、いい子悪い子を峻別せず、障碍もおおらかに受け入れる人たちだからこそ、カラスのジャックも等しく仲間として受け入れている。その背景には、戦争で死んだ人たちへの贖罪の意識があるのもよくわかり、ジャックのお墓に戦死者を悼むポピーの種をまいたことも象徴的です(p273)。この物語のもう一つのテーマは「父さんの秘密」で、英雄だと思っていた父さんが戦争捕虜になっていたことを知り、ミックは悩むのですが、「おまえの父さんは自殺しなかった……英雄なんてもんじゃない。とんでもない超人だ」というサムの言葉にミックは救われます(p287)。そんな会話がわざとらしくなく、説得力ある形で入っているところや、父さんが夜中、一人公園で悲しみの声を上げるところを、ミックはおそらく家で聞いていたのだけれど、それをはっきり書いてはいないところ(p283)もうまいなあ、と感心しました。最初は登場人物の多さや細かい描写に足を取られていたのに、最終的には読み込めば読み込むほど面白い作品で、イギリス児童文学の厚みを感じました。
花散里:近所の森でケガをしたニシコクマルガラスのひなを見つけた少年ミックが両親や、親友とともに手当し、ジャックと名づけられたカラスと交流していく様子がていねいに描かれていて、子どもたちに手渡していきたい良い作品だと思いました。第二次世界大戦の傷跡が残る1950年代のイギリスで、戦争捕虜であった父親への少年の思い、サンプソンさん、パブの雇人、カラスの落とし物に文句言う掃除婦とのやり取りなど、カラスを愛する地域の人たちとの交流が伝わってきて、動物の命を大事にすることの大切さなど、爽やかな読後感でした。ロンドン動物園元主任飼育員の少年時代の実話に基づく物語であることも納得できました。登場するカラス、ジャックは、私たちが日本で目にしている黒いカラスではないことが、「あとがき」に記されていますが、写真とともに最初に表記されていたほうが、子どもたちが読むときに、良いのではないかと思いました。
さららん:ニシコクマルガラスや新聞記事の写真をタイトルページの前にもってきたほうが、わかりやすいかと思ったのですが、完全なNFではないし、印象が強くなりすぎるとかえって読者を混乱させますよね。やはり、この位置(本の最後)が正解だと思います。
ハリネズミ:普通のカラスだとイメージが悪いけど、かわいいコクマルガラスなのだから、前もってわかっておいたほうがいいというふうに聞こえますが、それはちょっと違うのでは? それもルッキズムにつながる考え方じゃないかな。これが普通のカラスでも、ミックならきっと助けたでしょうし、表紙にはちゃんとニシコクマルガラスが描かれています。
オカピ:去年、絵本作家のとうごうなりささんが赤ちゃん絵本のシリーズを出されていて、そのうち1冊はカラスの絵本なのですが、日本ではカラスが好意的に受けとめられないことがあるので、それで3冊セットの中の1冊に入れたと聞いたおぼえがあります。
ヤマガラ:カラスは昔からやっかいな存在だったかもしれないけど、身近な鳥として愛されてもいたのでは?
ハリネズミ:最初に読んだときは読み飛ばしていたのですが、2度目に読んだときは、ケンのすてきなところもよくわかりました。たとえばp288で、ケンがしょっちゅうおしっこがしたいと言って木陰に駆け込むのですが、これは、またジャックのように傷ついたひながいるんじゃないかと探しているんですね。それを説明せずに、こういう行動だけで表現しているが作家の腕のよさでもあると思います。
さららん:この物語はもともと実話から発想しているので、NF的な要素が強いのですが、ポエティックなところや、笑いを誘う部分もあり、すごく豊かな本ですよね。
(2025年02月の「子どもの本で言いたい放題」記録)

