投稿者: sakuma

ハリエットの道

キャロル・ボストン・ウェザフォード文 カディール・ネルソン絵『ハリエットの道』さくまゆみこ訳
『ハリエットの道』
キャロル・ボストン・ウェザフォード文 カディール・ネルソン絵 さくまゆみこ訳
日本キリスト教団出版局
2014.01

アメリカのノンフィクション絵本。女奴隷だったハリエット・タブマンは、ある日、売りとばされそうになったため、フィラデルフィアまで一人で逃げて自由の身に。でも、それだけでハリエットは満足しません。こんどは逃亡奴隷を助ける「自由への地下鉄道」(本当の鉄道ではなく、人間のネットワーク)の「車掌」となって、大勢の奴隷を自由の地へと案内します。当時のアメリカは、奴隷制を認める南部と認めない北部に分かれていて、北部に逃げ込めば、あるいはもっと北のカナダまで行けば、自由の身分を勝ち取ることができたのです。

ハリエットを力強く勇気ある女性として描いたカディール・ネルソンの絵がすてきです。
(装丁:桂川潤さん 編集:加藤愛美さん)

*コルデコット賞銀賞、コレッタ・スコット・キング賞画家部門受賞


African Lullaby

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『African Lullaby』

African_lullabyAfrican Lullaby (アフリカの子守唄)

アーティスト:various
レーベル:Ellipsis Arts

 

 

南アフリカ、ナイジェリア、マリ、ザンビア、ケニア、セネガル、ウガンダ、ギニア、コートジボワール、ジンバブエなどに伝わる子守唄を集めたものです。聞いていて、とにかく心地よいです。唄が中心で、ドラム、コラ、カリンバ、ギターなどによるシンプルな伴奏がついています。

子守唄はアフリカでも親子のつながりを強めるのに大きな役割を果たしていて、お母さんはよく子どもをおぶって家事をしたり畑で働いたりするときに子守唄をうたっています。子どもたちは日常生活の一部としてこうしたうたやリズムを体にしみこませながら成長していきます。

アフリカの子守唄にはいろいろな種類があります。「おやすみ、かわいい子。わたしはここにいて、ちゃんと見守っているからね。だから心配しないでぐっすりおやすみ」という内容のものが多いのですが、中には昔話を語っているものも。ナイジェリアの「オルロンビ」はその一つで、月の光の唄ですが、ちょっと悲しい。子どものない女の人が樹木の女神イコロに子どもを授けてほしいと願い、イコロはその願いを聞き届けますが、その後赤ちゃんを取り上げてしまいます。全能の神オロドゥマレ以外に、そういう願いをしてはいけなかったというのです。

子どもにモラルや責任を教える唄もあります。ザンビアの「マヨ・パパ」は、子どもが小さいときは親が何から何まで世話をしてくれるけれど、一人前になった暁には、子どもが親の世話をするのですよ、と教えています。

アフリカの子守唄には食べ物もよく出てきます。ウガンダ出身で孤児を助けるための活動もしているサミテが自分の娘ルルテのために作った子守唄「ウェバケ」には、オレンジ、グァバ、マンゴー、パッションフルーツなどが登場しています。

またジンバブエのステラ・ランビサイ・チウェシェがうたう「チシゾ」のように、子守唄の形を借りながら、仕事を探しに子どもを置いて遠くの町に行ってしまった夫を思う内容のものもあります。

そしてアフリカの子守唄は、お母さんだけがうたうものではありません。お父さんも、おじいさん、おばあさんも、ほかの親族もうたいます。このCDにも男の人がうたっているものがたくさん入っています。

1曲目は、南アフリカの「ツラ・ムトゥワナ」で、レディスミス・ブラック・マンバーゾがズールー語で歌っています。レディスミス・ブラック・マンバーゾはおじさんたちのアカペラグループで、ポール・サイモンのグレースランドやマンデラの大統領就任式でもうたっています。私は大好きなグループで、グラミー賞も受賞し、財団(Ladysmith Black Mambazo Foundationもつくって、南アフリカの子供たちに、彼らの伝統文化と音楽を教えています。


ひとりで おとまり した よるに

『ひとりで おとまり した よるに』
フィリパ・ピアス文 ヘレン・クレイグ絵 さくまゆみこ訳
徳間書店
2014.01

イギリスの絵本。はじめておばあちゃんの家にひとりで泊まりにいったエイミーは、夜になると心細くなります。すると、自分の家から持ってきたマットや木馬やおもちゃの船が、エイミーを夜の飛行へと連れ出してくれるのです。エヴリデイ・マジックの、オーソドックスな、そして安心できる絵本です。

ところでピアスとクレイグは血のつながらない親戚です。ピアスの娘サリーの夫が、クレイグの息子なのです。私は、このコンビの絵物語『消えた犬と野原の魔法』も訳しています。
(装丁:森枝雄司さん 編集:上村令さん)


路上のストライカー

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『路上のストライカー』

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『路上のストライカー』

マイケル・ウィリアムズ著
さくまゆみこ訳
岩波書店 2013年12月20日
(STAMP BOOKS)

NOW IS THE TIME FOR RUNNING
by Michael Williams, 2009

故郷のジンバブエの村で家族や友人を虐殺されたデオは、障碍を持つ兄のイノセントと一緒に逃げて、さまざまな困難を乗りこえて、なんとか南アフリカにたどりつきます。でも、そこで遭遇したのは、外国人憎悪に駆られた人たちのヘイトスピーチと暴力。失意の底にあってシンナーに溺れていたデオを救ったのは、ホームレスのためのサッカーでした。ホームレス・ワールドカップという国際大会があるのを、私はこの本で知りました。切ないけど、勇気をもらえる作品です。迫力があり、最後には希望が見えてくるのがいいんです。
 著者は南アフリカ人。カーカスレビュー・ベストブック、ALAベスト・フィクション・ブック。(編集:須藤建さん 表紙絵:塩田雅紀さん)

<おまけの情報>

*ホームレス・ワールドカップ・・・現在70もの国が参加
http://www.homelessworldcup.org/

*「ホームレス・ワールドカップ」・・・2006年の大会を扱ったドキュメンタリー映画。日本でも公開されました。
http://www.cinematoday.jp/movie/T0008603

*「野武士ジャパン」・・・ホームレス・ワールドカップ日本代表のHP
http://www.nobushijapan.org/


Heart of the Forest

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『Heart of the Forest』

Heart_of_the_forestHeart of the Forest :The Music of the Baka Forest People of Southeast Cameroon
(森の奥で:カメルーン東南部の森に暮らすバカ人の音楽)

アーティスト:森に住む人たち
レーベル:Hannibal

 

カメルーン南部の熱帯雨林に暮らす小柄なバカ人の音楽です。手作り楽器を演奏しながらポリフォニーの歌声が響きます。虫の声や川の音や木のそよぎなどがバックに入っています。熱帯雨林にいるような気分になれます。

この人たちの音楽には
(1)楽しみのための音楽・・・朝、女性や子どもが川で水浴びをするとき、水を太鼓のようにたたくいたり、子どもが遊びながら歌ったりするもの。
(2)倫理的・精神的な教育のための音楽・・・コンバと呼ばれる神様からの教えを伝えるもの。
(3)儀式で使われる音楽・・・守護霊と交信したり、森の守護を願ったり、共同体の結びつきを強めるためのもの。
と3種類あるそうです。

ヨーデルのような声は、精霊の世界や亡くなった親族と交信したりするのに使われるそうです。

http://www.bakabeyond.net/album_hotf.html
http://www.cduniverse.com/search/xx/music/pid/1006239/a/heart+of+the+forest.htm

水太鼓の動画はこちら。

西欧の影響が少し入ってくると、こうなるのかな?

男の人が葉っぱを持って、踊っている女の人のお尻をあおるようにするのが面白いですけど。


鉄のしぶきがはねる

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『鉄のしぶきがはねる』

Photo 『鉄のしぶきがはねる』
の読書会記録

まはら三桃著
講談社 2011




プルメリア:表紙もよく、軽くて良い感触でしたが、読み始めたら金属音が気になってなかなか読み進められませんでした。知らない職種なので仕事内容がわかりにくく理解が進みませんでした。わからないなりに読んでいって、中頃になってようやく自分なりの解釈で読めるようになってきました。工業学校の様子もわかり、登場人物もひとりひとりのキャラがわかってきて家族の思いやりも伝わり、最後はコンクールへ向けての熱意も伝わって来て、応援したい気持ちになりました。高校生のときめきもよくわかるし、工業系の話って今までなかったと思うのでお薦めしたいです。これが工業系のお話の第一作になっていくのかなと思いました。

トム:「鉄のしぶきがはねる」というタイトルは、象徴的なのかなと思っていました。ページを開く前、私は板金のこともなにもわからないので、飛沫が跳ねるということからもっと文学的なイメージを広げていたのかもしれません。先入観でタイトルに勝手な思い込みを重ねました。考えてみれば赤く燃える鉄鋼炉で鉄が湯のように滾っている映像を見たことを思い出します。内容は工業高校での学びがかなりリアルに語られて、鉄が水のように跳ねる事実からも工業世界の一端をみる気持ちがします。若い人がもくもくと何かを作ることに没頭する姿はすがすがしく感じました。それぞれの葛藤や背景はありますが。

アカシア:工業系でも、旋盤は地味だからかあまり児童文学にはとりあげられませんよね。

プルメリア:ロボットや飛行機だったら目立つけど。

トム:技術は一代限りでないこともさりげなく語られています。
それから、貧しいなかでノートを盗んでしまう若者もでてきます。人間の弱さ、弱さを生んでしまうものは何なのか、読者の若い人たちはどう感じているでしょうか。時代の背景とか、そのことが他者の人生を狂わせ自分も生涯苦しみを抱えて生きることになる・・・と、若者も大人も一緒に想像力ひろげて考えられたらと思いますが。
かなり重いテーマが挟まっていると思いました。

アカシア:ところで、ゲームセンターって今もあるんですか?

プルメリア:ありますよ。

トム:登場人物のなかでは、大人たちがかなりステレオタイプに描かれているように感じました。若者たちはそれぞれいい味。亀井君、吉田君もそれぞれに色々な出来事を超えて自分の道を歩きだす様子がさわやかに描かれています。どこかで会えるような気がする若者たちです。原口くんは、卒業後インドに旅立つという意外な展開で、少し唐突な気がしました。日本の技術とアジア・イ
ンドの状況などもう少し具体的に、例えば原口君を突き動かした出来事など描かれていたら、彼の情熱がリアルに伝わって原口君に自分を重ねる人がでるかも・・・。最後に「待ってろ」なんて、何だかカッコよく古風なことを言うのは、突如物語のテーマのハンドルが別のルートに向かってきられたような気もしましたが。

ルパン:説明調の文章が多くて、私は読むのが大変でした。レアな世界を紹介したい、という作者の意図が透けて見える感じが鼻についたし…。バイトとか旋盤とか、工業用語がたくさん出てくるのですが絵で浮かんでこないから、その分お話に入り込めませんでした。そういうものを文章で表現するのが目的だったとは思うのですが。ふつうに手に取っただけだったら、たぶん途中で放り出したと思います。今日の会の課題だったのでがまんして読み続けたら、そのうち最後のほうでおもしろくなってきました。もっとストーリー中心で描けばよかったんだと思います。工業高校の女の子って、とても魅力的な設定だし。旋盤作りの説明がこんなに前に出ずに、物語の背景として自然に組み込まれていたらなあ、と思いました。全体的にはやはり工業高校の世界のレポートを読まされている感がぬぐえませんでした。最後に原口君とふたりでインドのかたちを作るジョークを交わすシーンなんかはすごくいいですね。こういうところばっかりだったらよかったな。

レジーナ
聞きなれない言葉が多く、はじめは少し入りづらかったです。「ものづくり」という、人と少し違うことに魅せられた少女が、おばあちゃんや、人に裏切られても、それでもまた信じようとする原口など、温かな家族・友人の中で成長していく話は、まはらさんらしいですね。「ものづくりは楽しいから、なくなることはない」と原口に言われた心(しん)が、自転車のグリップを握った瞬間、鉄を切った時の感触を思い出す場面では、手の感覚で、はっと何かに気づく様子がよく伝わってきました。コツコツ努力
し、硬い鉄の中から形を取り出すというのは、どこか人生にも重なるようです。主人公は、ものづくりとパソコンをよく比べていますが、この部分は必要だった
のでしょうか。比較が作品の中で効果的に使われているようにも感じられなかったので……。

ajian:11ページの「コンピューター制御」というのは、
具体的にはプログラミングのことなのでしょうか。それがどういう状態をさすのかが、今ひとつわからなくて。「コンピューターをやっている」という表現も出てきますが、具体的でないのが、ちょっと気になってしまいました。コンピューターといっても、できること、やれることは千差万別なので、たんに「コンピュー
ターをやる」という表現は、ちょっと大雑把かなと思います。パソコンが好きな子どもが読むと「あれ?」っと思ってしまうかも。

クプクプ:私はバランスよく書けた本だなと思いました。読後感がよくて、それはたぶん、ジェンダーを越えて道を究めていく話だからでしょうか。もちろん、女は得だな、という偏見を持つ先生も出てきますが…。恋愛だけで終わらない、
気持ちのよさがある話だなって、素直に思いました。「心出し」とか知らない言葉がいっぱい出てくるし、言葉は専門的で独特だけれど、日本語の豊かな世界に出会えました。主人公の鉄を削って形を求める姿が、作家さんが対象を描写するために文体を求め、削っていく様子と呼応していておもしろかった。

ajian:同じ話のくりかえしですみません。39ページの
「コンピューターに戻れるだろう」も、ちょっと引っかかってしまいました。彼女が「コンピューター」で何をやりたいのか/やっているのか、が今ひとつ伝わってこないです。プログラミングならプログラミングで、何かを学び、身につけるということは、本来世界の捉え方から変わってくるようなことだと思います。欲をいうなら、既に「コンピューターをやっている」彼女が、旋盤に出会うことで、さらにどう変わるのか、それが書かれているともっとよかった。それがなくて、たんに「手作り」の対比として「コンピューター」を置いているだけなら、ちょっと浅い気も。

アカシア:私は理科系ではないせいか、コンピュータ技術を学びたいと思い、手仕事を古くさいと思っていた主人公の心が、機械ではできないものがあると気づいていく過程がうまく描かれているな、と思いました。工業高校の旋盤技術という、地味であまり注目されないところに焦点をあて、そうした技術をとても魅力的に描き出しているのもすてきです。そういう描写が説明的だとは、私は思いませんでした。触覚とか視覚とか、作ったものが浮かび上がるような表現をしようと
しています。私自身にはまったく未知の分野ですが、すごいものができていくのがわかります。音とか、金属音もリアルに感じられたし、臨場感もありました。私は都会で生まれ育っ
て、まわりに工業関係の施設もなかったので、工業高校は勉強には向かない子が行く学校なんじゃないかって誤解してました。この作品を読んで、工業高校の
魅力がよくわかりました。心と原口の将来を暗示するようなストーリー展開はありきたりになりがちですけど、心も原口も旋盤に魅入られているという側面があるので、ただのありきたりにはなってない。絵や説明はあえて入れずに、勝負しているのもすがすがしいです。わからない部分があっても十分魅力が伝わってきますもの。北九州弁で会話が進んでいくのもおもしろかったな。

(2013年9月の言いたい放題)


2014年01月 テーマ:新しい町での出会い

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『2014年01月 テーマ:新しい町での出会い』
日付 2014年1月16日
参加者 アカザ、コーネリア、さらら、ジラフ、タンポポ、夏子、カボス、プルメ
リア、レジーナ
テーマ 新しい町での出会い

読んだ本:

『3人のパパとぼくたちの夏』
井上林子/著 宮尾和孝/挿絵
講談社
2013.07

版元語録:まるで主婦のような小6男子、めぐるの夏休みの家出を描く。シングルファーザーの家庭が3組も登場する、ユニークな新作童話。
『ただいま!マラング村〜タンザニアの男の子のお話』
原題:TUSO. EINE WAHRE GESCHICHTE AUS AFRIKA by Hanna Schott, 2009
ハンナ・ショット/作 齊籐木綿子/挿絵 佐々木田鶴子/訳
徳間書店
2013

版元語録:路上で暮らすことになったタンザニアの男の子が、再び故郷を訪ねるまでを描く。実話に基づいた、アフリカの「今」を知る貴重な1冊。
『負けないパティシエガール』
原題:CLOSE TO FAMOUS by Joan Bauer, 1996
ジョーン・バウアー/著 灰島かり/訳
小学館
2013

版元語録:主人公フォスターは、毎日必ずケーキを焼くことにしている。なぜって、そうすれば、いつでもどこでもおいしいものが食べられるから。そう、フォスターは、カップケーキ作りの天才なのだ。ある日、ママと二人で家を出て、新しい人生を送ることになる。フォスターを待ち受けているのは…? カップケーキのようにあまくはないサクセスストーリー。

(さらに…)

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負けないパティシエガール

『負けないパティシエガール』
ジョーン・バウアー/著 灰島かり/訳
小学館
2013

さらら:外に飛び出していくことで、だれも認めてくれない自分の才能を発見するという設定が、子どものころから大好きなんです。しかも、お菓子作り、という要素が、食いしん坊の私にはたまらない。主人公が得意なのはカップケーキを焼くことだったり、プレスリー好きのハック(ママの元恋人)が登場したりと、なにもかもとてもアメリカ的な背景で、私もアメリカの女の子になった気分で読みました。下宿先のレスターが、釣りをたとえに、人生ってこんなもんじゃないかと、いいことを言うんですよね。そういうのが非常にうまくからみあっている。いろんな意味で楽しませてもらった一冊でした。

プルメリア:読みやすい。チャリーナさんとの関わりを通じて、言葉を習得していく過程がとってもわかりやすかったです。話せても言葉を理解することは難しいんだなって改めて思いました。子ども(小学校5年生女子)から感想を聞くと「ハックはいやな人」「チャリーナから読むのを教えてもらうかわりに、チャリーナにお料理を教えてあげるのがおもしろかった」「チャリーナが賞状をあげるところに感動した」でした。読書が好きな女子は2時間ぐらいで読み終えていました。

レジーナ:バウアーの『靴を売るシンデレラ』(灰島かり/訳 小学館)の主人公は16歳でしたが、この本では6年生です。しかしその年齢の子どもが経験するには、非常に辛い状況です。シャワーを浴びながら泣いている母親の声を聞く場面など……。ケーキという、人生に喜びを与えるもので、家庭の暴力やディスレクシアなどの問題に立ち向かうというテーマが、とても明確に打ち出されています。チャリーナ夫人からもらった小切手を、自分のために使うのではなく、罪を犯した家族を支える場「手をつなぐ人の家」のために使うのも、好感がもてました。誇り高く、過去の栄光にしがみついている有名人のチャリーナは、E・L・カニングズバーグの『ムーン・レディの記憶』(金原瑞人/訳 岩波書店)を思い出させます。周囲の雑音に惑わされるのではなく、心の中の静けさや平安を守り、自分を大切にするよう語るレスターやチャリーナをはじめ、信念を貫くパーシーや、けちなウェイン店長、プレスリーに憧れ、自分に酔っているハックなど、味のある個性的な人物が登場するので、あまり盛りこみすぎず、人物を減らし、何人かに焦点を当てて、深く描いてもよかったのかもしれませんね。

たんぽぽ:おもしろかったです。6年生が、感動したといっています。お菓子というのも、まず惹かれるようです。チャリーナが登場する場面も、ドキドキしました。母親が、いつも自分を、認めてくれているのがいいです。私自身もそういう子どもに、やさしく、気長にせっしたいと、思いました。

ジラフ:アメリカのアクチュアリティが、すごくよく出ていると思いました。アメリカではいま、カップケーキがとっても流行っているし、イラク戦争でお父さんが亡くなっているとか、DVの問題とか、大人と子ども、それぞれの矜持が描かれているところとか。人生に対してつねにポジティブなアメリカを感じました。それと、食べ物が大きな力になっているところも魅力的でした。以前、研究生活からドロップアウトしてしまった友人が、パンを焼くことでまた生きる元気を取り戻したことがあって、食べ物や料理の持つ力をあらためて感じました。裏表紙にレシピが載っているのもいいですね。この作品についてではないですが、「前向きに生きのびる」というのはしんどい場合もあって、逆に、内向きに閉じることで生きのびられる時もあるかも、ということを、一方で考えました。

アカザ:同じ作者の『靴を売るシンデレラ』も良かったけれど、この作品もすばらしかった。主人公と母親のところにDV男のハックがいつ現れるかと、読んでいるあいだじゅうハラハラさせられて、最後まで一気に読んでしまいました。ディスレクシアの主人公の口惜しさや悲しさも胸に迫るものがあったし、それをカップケーキ作りにかける夢と才能で乗り越えていくというところも良かった。登場人物の描き方が、大人も子どももくっきりしていて、読んでいるあいだはもちろん、読んだ後もしっかりと心に残っています。主人公の身の回りだけではなく、刑務所のある田舎町の様子や出来事も描いているところに社会的な広がりを感じさせますが、良くも悪くもとてもアメリカ的。カニグズバーグに似ているなと思ったのですが、カニグズバーグの作品のほうが、もっともっと世界が広いのでは?

カボス:最初からずっと緊迫感や謎があって、それに引っ張られながらどんどん読めました。おもしろかった。コンプレックスが拭えなくてさんざん苦労したフォスターの複雑な心理が、うまく読者にも伝わるように書けていますね。またSNSやメールではなくて、人間と人間が実際に出会ってお互いに変わっていくというのが、とてもいいですよね。出てくるケーキはどれもおいしそうなのですが、日本の家庭ではもうあまり使わなくなった着色料などが平気で出てくるのは、アメリカ的ということなのでしょうか? p250でレスターがフォスターの父親をほめているところにも、弱さを克服することがすばらしいことなのだというアメリカ的な価値観が出ているように思いました。戦場で勇気をもつということがどういう意味をもつのか、そのこと自体の是非については疑ってもいない。丸木俊さんが近所の子どもたちに「戦争が始まったら、勇気なんか出さなくていいから、とにかく逃げなさい」と言っていたことを思い出しました。

コーネリア:この作品は、物語がものすごく都合よく進んでいくのですが、それが許せるおもしろさがあると思います。文中に、ジョン・バウアー格言が矢継ぎ早に、次から次へと出てきます。私もこの言葉にぐっと惹かれましたが、子どもだったら、大人よりもストレートに入ってくるのではないでしょうか。勇気づけられる作品。

夏子:主人公が12歳にしては大人ですよね。小学生向けの本なのか、ヤングアダルトなのか、ちょっととまどうところがありました。この作家は『靴を売るシンデレラ』にしても『希望(ホープ)のいる町』(金原瑞人・中田香/訳 作品社)にしても、いつも大きな問題を抱えた主人公を描きますよね。今回も、ディスレクシアや、お母さんのつきあっていた男性のDVやら、問題が山盛り。ちょっと教訓っぽいところがあるけど、主人公が自分はどうしたら幸せになれるか、一生懸命考えて、手探りしながら生きていくところがいいですよね。この本では子どもも大人も、奥行きのある人間としてしっかり描かれている。印象的な女優のチャリーナさんが、こちらもディスレクシアとちょっと都合のいいところはあるけれど、それが許せるのは陰影と味わいのある人物だからなんでしょうね。ちょっとカニグズバーグを思い出しました。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年1月の記録)


3人のパパとぼくたちの夏

『3人のパパとぼくたちの夏』
井上林子/著 宮尾和孝/挿絵
講談社
2013.07

コーネリア:こういう男の子いるだろうなって、楽しく読みましたけど、マンガチックな構成で、読み飛ばしてしまって、心に残らなかった。小学生くらいの男の子だとが読みやすいのかもしれません。

レジーナ:タイトルを初めて聞いたときは、ゲイのカップルの物語かと思いました。「やっと日本の児童文学でも、そうしたテーマを扱うようになったか!」と思ったのに、ふたを開けてみたら、シングルファザー同士で暮らしている設定でした。小学6年生が、おぼれている子どもを助けるのは、そう簡単にはできないので、リアリティーが感じられませんでした。また、家出していることに気がつかず、主人公の持っているパンを見て、「朝食を持参しているなんて、用意がいい」と言ったり、「ぐるぐる」という呼び名を本名だと思ったり、夜パパがあまりにもとんでいて浮世離れしているので、ファンタジーの世界に迷いこんだように感じました。主人公は、自ら状況を変えようとはしていない。いわば逃避ですね。リアルな設定なのに、異質な空間が唐突に現れ、主人公はそこに逃げこみ、しばらくの間、現実とは別の時間を過ごす。しかし児童文学では、家出や旅を通じて、それまでと異なる自分になって帰ってくることが大切なのではないでしょうか。たとえば、E・L・カニングズバーグの『クローディアの秘密』(松永ふみ子/訳 岩波書店)では、家出をした主人公は、自分だけの秘密を持って、家に戻ります。でもこの物語では、主人公の中のなにかが決定的に変わったり、成長したりはしない。挿絵の宮尾和孝さんは、ジェラルディン・マコックランの『ティムール国のゾウ使い』(こだまともこ/訳 小学館)や中村航文の『恋するスイッチ』(実業之日本社)の表紙も描いていらっしゃる、今人気のイラストレーターですね。

さらら:ストーリーラインは単純で、言葉も台詞のやりとりで続いていく。映画みたいで、ラノベに似ていますね。目で見える情景が続いていて読みやすいけれど、軽い。家事をやらないお父さんに対する、子どもからの反撃というのは、私が好きなテーマですけど、文体についていけなかった。ちょっと文章のつくり方が粗いのかなあ……。

夏子:状況の設定が秀逸だと思いました。父子家庭の集合体っていうのは、母子家庭の集合体と比べると、今ひとつリアリティーがないでしょ? だから、理想化できるのでは? ほら、ひまわり畑の真ん中にあるという「夢の家」にいるのがオッサンなわけだから、イメージが新鮮になるじゃない。とはいえ「ひまわりの家」のポイントは、朝パパの超楽天的な個性ですよね。「テキトー、ずぼら、いいかげん。でも超ハッピー」で、これはまあ、パターンかな。この個性を、夜パパが讃仰していて、それで共同体ができあがっている。めぐる君も影響を受けて、やがて「うちのお父さんのようなテキトーなやり方もありかも」と受け入れるようになる。よくあると言えばよくある展開ですが、私は楽しく読みました。女の子はペアの天使というキャラですよね。ジャラジャラとアクセサリーをつけているのは、フラワーチルドレンというか、ヒッピー風。深読みすると、お母さんがいないという欠落を、なんとかして埋めたい衝動があるとか? ただイラストが、髪型やらリボンやら正確でなくて、残念です。こういうふうに、登場人物をパターンやキャラで描くところが、ラノベとかマンガっぽいんでしょうね。でも主人公は家出をすることで前に進んだからこそ、「他者を受け入れる」という課題を成し遂げたわけで、なかなか良い本だと思います。

たんぽぽ:どうかなって、思ったのですが、読んでみたらおもしろかったです。3年生ぐらいから高学年まで、よく読んでいます。家出という設定も好きで、主人公の気持ちが自分たちと重なるようです。最後に父親がわかってくれたというのも嬉しいようです。これも食べ物を囲むシーンが度々出てきますがあたたかい気持ちにさせてくれます。

ジラフ:私もうまく乗れなかったくちで。やっぱり、ゲイのカップルかなあ、と思いました(笑)。シチュエーションがちょっと“おとぎ話”みたいで、吉本ばななの『キッチン』(福武書店、角川書店)を思い出しました。『キッチン』は性転換したお父さん(というかお母さん)でしたが、日常の中で、そういうおとぎ話的な場所を持つことでやっていける、生きていかれるということはあるなあ、と思いました。

アカザ:ノリが良くて、最初からすらすら読めました。キラキラした女の子たちが出てきたところで「あれ、これはファンタジーなのかな? ふたりともこの世ならぬ存在で、キングズリーの『水の子』(阿部知二/訳 岩波書店ほか)みたいな展開になっていくのかな?」と思いましたが、そうはならず最後までリアルな作品なんですね。でも、なんだかリアルではない……。登場人物の書き方が記号的で、あまり体温が感じられないからなのか。たしかに主人公も主人公のパパも、家出事件の前と後では心境も変化しているし、成長もしているだろうし、ある意味、児童文学のお手本ともいうべき書き方をしているんだけど……最後まで嫌な感じはしないですらすら読めるんだけど……なにか薄っぺらいというか、心にずしんと訴えかけてくるようなものがなかった。これは、無いものねだりなのでしょうか?

夏子:すらすら読める、というのもポイントだけれど、それだけでいいと思ったわけではなくて、家出という問題解決の方法を、私は評価したいです。

たんぽぽ:4年生ぐらいで読めない子がおもしろいなーって、他の本にも広がるきっかけになれば良いなと思います。

ジラフ:作者のプロフィールを見ると、梅花女子大の児童文学科を卒業して、日本児童教育専門学校の夜間コースで勉強していたそうなので、ひょっとしたら、いい子どもの本の書き方のお作法みたいなものが、知らず識らずのうちに身についてしまっているのかも、とふっと思いました。

カボス:お父さんへの不満ですけど、子どもから見れば大きいんでしょうね。大人から見れば些細なことでも、そう簡単に許すことはできないから。女の子二人が溺れたのを助ける場面は、ちょっとご都合主義的だと私も思いました。私は朝パパのキャラが好きだったんですけど、いつも飛ばしているはずの親父ギャグが途中から出なくなるので、残念でした。なかなかおもしろいシチュエーションで、父子家庭が助け合って暮らすというのは現実にはあまりないでしょうけど、こういう作品が出ると現実でもアリかなと思えてきて、そこがいいですね。

コーネリア:家出とか、お料理ものとか、子どもが喜びそうなものがちりばめられていて、読む間は子どもも楽しめるのですけれど、印象に残らなかったんですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年1月の記録)


チャーリー、おじいちゃんにあう

エイミー・ヘスト文 ヘレン・オクセンバリー絵『チャーリー、おじいちゃんにあう』さくまゆみこ訳 
『チャーリー、おじいちゃんにあう』
エイミー・ヘスト文 ヘレン・オクセンバリー絵 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2013.12

イギリスの絵本。『チャーリーのはじめてのよる』の続編です。今度は、ヘンリーが子犬のチャーリーを連れて、おじいちゃんを駅まで迎えにいきます。おじいちゃんは、犬が好きではないので、ヘンリーは心配していたのですが、ある事件がきっかけで、おじいちゃんとチャーリーは仲良しになります。オクセンバリーのこの絵、犬好きにはたまらないですよ。
(装丁:中嶋香織さん 編集:河本祐里さん)

◆◆◆

『チャーリー、おじいちゃんにあう』
の書評・紹介記事が掲載されていました。

エイミー・ヘスト文
ヘレン・オクセンバリー絵
さくまゆみこ訳
岩崎書店 2013

◆ヘンリーと子犬のチャーリーは、おじいちゃんを駅まで迎えに行きます。犬の苦手なおじいちゃんはチャーリーと仲良くなれるのでしょうか?
透明感のあるやわらかな色彩が魅力の画家が、元気いっぱいの子犬のチャーリーを、表情豊かに愛らしく描きました。こじんまりとした小さな駅舎、昔ながらの街並みが残るイギリスらしい田舎が舞台。チャーリーとヘンリー、おじいちゃんの心温まる交流です。
—「子どもの本」安曇野ちひろ美術館 柳川あずささんによる紹介記事。「「赤旗」2014年1月1日)

◆雪のふる日。ヘンリーは子犬のチャーリーと、汽車でやってくるおじいちゃんをむかえに行った。おじいちゃんは今まで犬と仲良くなったことがない。チャーリーを見てもにこりともしない。
そんなとき、とつぜんおじいちゃんのぼうしが風にさらわれる。チャーリーは、ぼうしを追いかけて見えなくなった—。だれかと友達になるって、実はすごいことだ。おじいちゃんの気持ちが変わっていく様子をたどってみて。
—「友達になるって、すごい」(「高知新聞」2014年1月12日)

◆動物の気持ちが通じる姿を描いた『チャーリー、おじいちゃんにあう』は、子どもの柔らかな表情やしぐさが心温まる新刊絵本。子犬を飼い始めた男の子、ヘ
ンリー。犬と仲良くしたことのないおじいちゃんは、最初は硬い表情。しかし子犬のある行動によって、おじいちゃんの心は解きほぐされる。
—「子犬の懸命な姿、人の心を温かく」(「読売新聞」夕刊 2014年2月1日)

◆雪の日曜日、ぼくは愛犬チャーリーと駅までおじいちゃんを出迎えに。懐っこく賢い子犬に、おじいちゃんも心を開いていきます。ぼくの願いがにじむ文、愛のこもる確かなデッサンに温かく満たされます。
——「祖父と孫と子犬の大好きな心が通い合う」(「月刊MOE」2014年3月号「2014年2月3日)

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同じ主人公(少年ヘンリーと子犬のチャーリー)の絵本はもう一冊あります。『チャーリーのはじめてのよる』です。こっちは、やってきたばかりの子犬を気遣うヘンリーの気持ちに焦点を当てています。


路上のストライカー

マイケル・ウィリアムズ『路上のストライカー』さくまゆみこ訳
『路上のストライカー』
マイケル・ウィリアムズ著 さくまゆみこ訳
岩波書店
2013.12

南アフリカのフィクション。故郷のジンバブエの村で家族や友人を虐殺されたデオは、障碍を持つ兄のイノセントと一緒に逃げて、なんとか南アフリカにたどりつきます。でも、そこで遭遇したのは、外国人憎悪に駆られた人たちのヘイトスピーチと暴力。失意の底にあってシンナーに溺れていたデオを救ったのは、ホームレスのためのサッカーでした。ホームレス・ワールドカップという国際大会があるのを、私はこの本で知りました。切ないけど、勇気をもらえる作品です。著者は南アフリカ人。
(編集:須藤建さん)

*カーカスレビュー・ベストブック、ALAベスト・フィクション・ブック
*青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(高校生)


2013年12月 テーマ:特別な体験を通しての自分の発見

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『2013年12月 テーマ:特別な体験を通しての自分の発見』
日付 2013年12月19日
参加者 アカザ、アカシア、レン、ルパン、プルメリア
テーマ 特別な体験を通しての自分の発見

読んだ本:

『レンタルロボット』
滝井幸代/著
学習研究社
2011.09

学校の帰り道、「ロボットかします」という店を見つけた健太は、自分のこづかいで弟ロボットを手に入れた。願いがかなって楽しい日々が続いたが、兄として我慢しなければならないことも出てきて、けんかすることも。第19回小川未明文学賞大賞受賞作品。
『ぼくの嘘』
藤野恵美/著
講談社
2012

版元語録:オタク男子の笹川勇太は密かに親友の彼女に恋している。ある日、彼女が置き忘れていったカーディガンを見つけて届けてあげようと手にとるが、つい、そのカーディガンを抱きしめてしまったところを、誰かに写メに撮られてしまう。ケータイを手にそこに立っていたのは、クラスのリーダー格の世慣れた美少女、結城あおいだった。
『ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂』
原題:HEART OF A SAMURAI by Margi Preus, 2010
マーギー・プロイス/著 金原瑞人/訳
集英社
2012.06

版元語録:1800年代。アメリカ東部に暮らした初めての日本人、ジョン万次郎(中浜万次郎)。言葉も習慣も異なる地で、いじめや差別にくじけることなく、強く生き抜いていった秘訣は何だったのだろう?アメリカに残された記録や資料をもとに、日本が誇るバイリンガル、ジョン万次郎の青春時代を鮮やかに描いた物語。2011年ニューベリー賞オナー受賞。

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ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂

『ジョン万次郎〜海を渡ったサムライ魂』
マーギー・プロイス/著 金原瑞人/訳
集英社
2012.06

アカザ:これはもう、話自体がおもしろいから、一気に最後まで読みました。小さいころから、たぶん井伏鱒二の本や、その他の伝記やいろいろ読んできて、知っていることばかりと思っていましたが、アメリカの作家から見た事実というのは新鮮で、興味深かったです。ジョン万次郎が描いた絵や、その他の絵や写真がたくさん入っているところもよかった。作者がちょこっと笑わせようとしているのかなと思うところがあったけど、翻訳はとても生真面目に訳してありますね。

アカシア:捕鯨の様子や、香料を取りに行くときのきつい匂いとか、海の様子なんかは、臨場感もあっておもしろく書けていると思いました。ストーリーもおもしろかった。ただ、ないものねだりですが、万次郎は土佐弁で話していたんでしょうけど、翻訳だから標準語になっている。標準語だとどうしても教科書的になって、やっぱりリアリティとか趣が何割かは抜けてしまうように思います。絵の中にも万次郎が書いた日本語の文字が出てきますが、どこでおぼえたんでしょう? 日本語の読み書きはどこで勉強したのかな? そのあたりを知りたいな。日本に帰ってきたから、おぼえたんですよね?

レン:えらく英雄的でポジティブな人物像ですね。物語全体の流れがよくて、一気に読めました。ただ、外国人の視点で書かれているところを、もう少していねいに訳してくれたらと思った部分や、よく意味がわからない部分がちょこちょことありました。たとえば、77ページの後ろから7行目「戸が開くときのきしみや、閉まるときのやわらかな音の心地よいこと」は、引き戸だと思うんですね。これだと、西洋式の扉と同じように読めそうです。また、78ページで、船長が本を読んで聞かせてくれるところで、万次郎が「きっと詩だろうと思った」とありますが、この時代の漁師の子が「詩」という語を使うのか、疑問でした。300ページの「カエデ」は「モミジ」? 263ページの最後に、写真がぼやけているのを、「まるで、さっさと出かけていくところのようだった」と、たとえているのも、意味がわかりませんでした。180ページの「隕石が落ちたことがありますか?」というのも、この時代の日本育ちの少年がこんなことを言うかなと違和感を感じました。こういう部分は、どこまで翻訳や編集で調整するのか、難しいところですね。

ルパン:私はストーリー的にはとてもおもしろかったです。確かにちょこちょこと気になるところがあることはありましたが。実在の人なので、どこまでが事実なのかなあと思いながら、最後までぐいぐい引っ張られるように読んでしまいました。ただ、日本に帰ってきたときや帰ってからの生涯がほとんど書かれていなかったのが残念でした。日本人のアイデンティティを持っていながらいきなり別世界のようなアメリカで暮らし、今度はアメリカの教育を受けて日本に帰ってくるという激動の人生ですから、帰国してからのbefore-afterももう少し読みたかったです。あとがきの「歴史的な背景について」という最後のところに。女の子が万次郎にもらった花かごをずっと持っていたエピソードがありましたが、こういうことが本編に書かれていたらもっとよかったな。万次郎は二度と日本の土を踏めないかも、母親にも会えないかも、と思っていたでしょうから、帰国したときの驚きや感動がもっと書けていたら、と思いました。

アカシア:この人はその場その時を一所懸命に生きているから、そういう人って帰国しても特段の感動は逆にないのかもしれませんね。

ルパン:ついに日本に帰れる、とわかったときにはどんな気持ちだったんだろうと思うんです。眠れないほどいろんな思いがあっただろうと思うのですが・・・その辺は日本人が書いたら違ってくるかもしれません。あと、これも後書きですが、デイヴィス船長がアメリカの良心を代表するような人だったことが万次郎にとっての幸運だったと書かれていますが、本当に恵まれていたのだとつくづく思います。この善良な船長はほんとうによく書けていますよね。そこはさすがにアメリカ人作家だと思いました。

プルメリア:表紙がすごくいいなと思いました。挿絵もよかったし、地図がのっていたので作品を読みながら参照することができました。文章も読みやすかったです。助けられた船では食事として最初にお米が出て最後にパンが出てくる配慮、船の中でもらった食べ物を箱やポケットにいれて家族のためにとっておく場面などリアリティがありました。中学生でも読めますね。

ルパン:サブタイトルの「サムライ魂」というのは、ひっかかりますけどね。もともと漁師なんだし、そんなものなかったんじゃないか、って。そこはやはりアメリカ人の「日本人=サムライ」っていう固定観念のたまものかな。タイトルにそうあるから、万次郎がアメリカで生きていくなかで日本人としての心情や誇りを捨てきれないシーンがたくさん出てくるのかと思ったのですが、ほとんどなかったですね。お話としてはなくてもいいんですが。ともかく、この『海を渡ったサムライ魂』というサブタイトルには違和感があります。話の内容と合ってない。

アカザ:「サムライ」というところは、わたしもひっかかりましたね。だいたい、ジョン万次郎は、侍に憧れてはいたけれど、武士道の教育は受けてなかったし。アメリカで教育を受けて、自由や平等ということを教わってからは、侍になるのは、それほどの夢ではなくなってきたのでは? アメリカの人たちにとっては、サムライは日本人以上に憧れの的なのかもしれないし、ジョン万次郎がその夢をかなえた、初志貫徹したというのは、いかにもアメリカ人好みの話ではあるけれど・・・。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


ぼくの嘘

『ぼくの嘘』
藤野恵美/著
講談社
2012

アカザ:これを読んだのは、ちょうど特定秘密保護法が参議院を通るかどうかという時だったので、「こんなことを書いている場合かよ!」と、腹が立ちました。誤解のないように言っておきますが、べつに児童文学作家全員が社会派の作家になれって言っているわけではないのです。登場人物の周囲1マイルくらいのことしか書いてなくたっていいし、もちろん恋や友情の話だっていい。別に戦争や原発の話を書けっていってるわけじゃない。でも、大人の作家が子どもに向けて書いているんだから、もう少しなにかがあっていいんじゃないの? たしかに、登場人物の語り口は「いまどき」だし、読者もすらすらと、それなりに面白く読めると思うけど、3:11以降、大人の文学の世界が確実に変わってきていると思うのに、子どもの本の作家がこれでいいのかなあ? 家庭に多少の問題は抱えているとはいえ、女の子も男の子も大金持ちで(服に20万円も使うなんて!)、お父さんは医者で、お母さんも美人で頭が良くって……リカちゃん人形か! いちばんびっくりしたのは、最後の1行です。大人になってからのふたりのこと、なんで書きたかったんでしょうね?

アカシア:会話のやりとりはなかなかおもしろいと思ったし、オタクの男の子が「更新」とか「ストレスゲージ」なんていくコンピュータ用語で心理描写をしているのもおもしろかったんです。ただ、登場人物やシチュエーションが、あまりにもステレオタイプですよね。絶世の美女のレスビアン、オタクのさえない男の子、金銭で解決しようとする父親、表向き完璧主義者の打算的な母親、親友のカノジョが好きになるとか不倫とかもね。それに、大人が書けてないですね。と言うことは、人間が書けていないので、リアリティが稀薄で薄っぺらくなってしまいました。p247には、「生身の人間に慣れてしまったら、情報量の少ないアニメ絵に不自然を感じてしまうのだ」とありますが、この作品自体がアニメ的だな、と思ってしまいました。社会的な視野の広がりがないのも残念です。

レン:私には20歳前後の子どもがいますが、高校生から大学生くらいの若者の空気感はとてもよく出ていると思いました。だけど、それ以上のものは感じられませんでした。私は本というのは、「漫画やゲームや映画のようにおもしろい」ではダメだと思うんです。文学でしかできないおもしろさがないと、がんばって文字を読む意味がない。要するに、読者に何を投げかけたかったのか疑問です。私はむしろ、役割とかキャラの呪縛から読者を解き放ってくれるような物語を読みたいな。

アカザ:すばらしい作品って、登場人物が作者の思ってもみなかったような動きかたをし始める。この作品は、最後まで作者の掌の上にあるって感じ。

プルメリア:読み始めてからすぐ、男の子が屋上で友だちの彼女のカーデガンを抱きしめる場面がうーんって感じ。内容がぐちゃぐちゃしていて、もういいよと思ってしまいました。表紙はインパクトがなくて、あまり好きな絵ではなかったです。

ルパン:ハッピーエンドにしては後味が悪かったです。とくに最後が・・・いきなり30代半ばになっていて、それで唐突に結ばれるわけですけど、その間10年以上も何もないまま経っているわけだし。この展開にはびっくりでした。しかも、この主人公、彼女が不幸になって落ち込むタイミングをずっとねらって待ってたみたいで、ちょっとコワい。高校生の言葉づかいとかはよく描けていると思いましたし、私はけっこうおもしろいと思いながら読んでいたんですが、そもそもこれは児童文学なんでしょうか。子どもや若い人が読むことを思うと、登場人物にはもうちょっと別の成長のしかたを見せてもらいたい気がしました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


レンタルロボット

『レンタルロボット』
滝井幸代/著
学習研究社
2011.09

アカザ:とってもおもしろく、すらすら読めました。健太とツトムの気持ちも良く書けていると思いました。子どもたちも、楽しめることと思います。でも、なんだか悲しいお話ですね。ロボットって、結局人間のために作られたものだし、『鉄腕アトム』にも「人間のために犠牲になってもいい」というようなところがありますね。けれども、読者は(子どもだけでなく、わたしも)健太だけでなくツトムにも感情移入して読んでしまうから、なんだかツトムはかわいそう、これでいいのかな?という感じが残ります。それから、お母さんが赤ちゃんの写真を隠したところが、ちょっと分かりにくいですね。たまたま弟が見てしまったので仕方なく、ということらしいのですが、弟のほうには丁寧に説明して、お兄ちゃんには内緒にしておくというところが、なんだか納得いきません。

アカシア:私はp67からのその写真のくだりで、ずいぶんとご都合主義的な話だなと思って、それ行以降楽しく読めませんでした。

アカザ:p69で弟が「ぼく、たまたま見つけちゃっただけなんだ……」って、言ってます。

アカシア:たまたま見つけちゃったにしても、ですよ。最初は設定がおもしろいな、と思ってたんですけどね。それに、ツトムのことをだんだん本当の弟のように思っているのに、しょっちゅう「お店に返すぞ」って脅すのもなんだかいやでした。最後に、お店に返しちゃったツトムのかわりに本物の赤ちゃんが生まれるっていう持って行き方も後味が悪い。しかも最後の最後にツトムに「おにいちゃん、だいすき!」なんて言わせているのも、気分が悪かったです。ペットを手に入れても都合が悪いと返しちゃう人と同じみたいで。

レン:おもしろそうなタイトルだし、ところどころに入っている絵もかわいらしくて、子どもが手にとりたくなりそうな本だと思いましたが、最後のところは物語世界の論理が破綻してるかなと思いました。ツトムを返したあと、みんなの記憶は消されてしまうのに、健太だけは覚えているというのは変じゃないかと。だから、手紙をうけとって涙を流すというのは、いいのかなあと思いました。もうだれのことかわからなくて、だけどどこか懐かしい気もする、というようなことならわかるんですけど。

プルメリア:(遅れて登場)弟ロボットを買うことから始まるストリーで、私はおもしろかったです。クラスの子どもたち(小学5年生)に「弟がほしい人いますか?」と問いかけこの作品の紹介をしたところ、読んでみたいという子どもがたくさんいました。作品を読んだ後の感想が楽しみです。

ルパン:この本は、いただいたときに一気読みした時は「よくできたお話でいいなあ」と思ったんです。こういう話って、最後はぜんぶ夢だったなんて夢落ちにしてしまう傾向があるのに対して、これは一貫してロボットを借りたことは事実だったことになっていますよね。そこが気に入ってました。弟がほしくてレンタルロボットを借りてくるけれど、ほんとうに弟ができたらやきもちをやいたりする、っていう小学生の男の子の心の動きはよく書けていると思いました。

アカシア:レンさんが言われて私も気づいたんですが、たしかにお話の世界に破綻がありますよね。だれも、その点に気づかなかったのかな? 挿絵はとてもいいけどね。

アカザ:SFが好きな子どもたちは、こういう矛盾したところをすぐ見つけますよね。賞の審査員も気づかなかったんですかね?

(「子どもの本で言いたい放題」2013年12月の記録)


謎の国からのSOS

エミリー・ロッダ『謎の国からのSOS』さくまゆみこ訳
『謎の国からのSOS』
エミリー・ロッダ作 さくまゆみこ訳 杉田比呂美絵
あすなろ書房
2013.11

オーストラリア児童図書賞・最優秀賞を受賞した『テレビのむこうの謎の国』の続編です。前作では主人公パトリックが、〈謎の国〉(もう一つの世界)の テレビ番組に出演して、みごと「さがしものチャンピオン」になっていました。その賞品として〈謎の国〉とやりとりができるコンピューターをもらったまではよかったのですが、それから1週間すると、二つの世界を隔てるバリアに異常が起き、通信不能になってしまいます。SOSをキャッチしたパトリックは、再び〈謎の国〉へと旅立つのですが、今回は、ひょんなことからパトリックの姉クレアと、弟ダニーも、〈謎の国〉に迷いこんでしまいます。というわけで、パトリックは、バリアの異常の原因を解明するだけではなく、姉と弟を無事に連れ帰ることもやらなくてはいけなくなってしまいます。

相変わらずロッダさんのストーリーテリングにひきこまれ、切羽詰まった展開に、はらはら、どきどきさせられます。

(編集:山浦真一さん 装丁:タカハシデザイン室)

紹介記事

・「産経新聞」2014年2月2日

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この世界とよく似たもう一つの世界、すなわちパラレルワールド〈謎の国〉のテレビ番組に出演して「さがしものチャンピオン」になったパトリックは、賞品として〈謎の国〉とやりとりができるコンピューターをもらってから1週間がたった。ある日、2つの世界を隔てるバリアに異常が発生して、通信ができなくなった。前作『テレビのむこうの謎の国』(あすなろ書房)の続編となる物語。

 

・「子どもと読書」2014年3・4月号で高橋峰子さんが紹介してくださいました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

たった一人で世界を救わねばならないとしたら、どうする? 前作『テレビのむこうの謎の国』では、〈見つけ人〉として、パラレルワールドであるバリアの向こうの人たちのなくしものを探し出して、念願のコンピュータをゲットし、ハッピーエンドを迎えた主人公パトリック。だが、本作では、「バリアの向こうの世界」の崩壊を止める役割を与えられてしまう。しかもタイムリミットがどんどん迫ってくる。ハラハラする場面の連続だ。

パトリックは頭をフル回転させ、勇気を出し、あきらめることをしない少年へと成長する。そして何より、うっとおしいと思っていた姉弟と力を合わせ、〈見つけ人〉として、心を満たす「すばらしいもの」を見つける。


小さなかがやき

長倉洋海写真 谷川俊太郎文『小さなかがやき』
『小さなかがやき』
長倉洋海/写真 谷川俊太郎/詩
偕成社
2013.12

『小さなかがやき』をおすすめします。

長倉さんが、エルサルバドル、アフガニスタン、ブラジル、ウィグル、南アフリカ、コソボ、ベネズエラ、レバノンなど世界各地で撮った子どもの写真に、谷川さんの詩がついています。写真も詩も、他の本で見たことがあるのと、初めて見るのとがあります。どこかで見たものでも、古い感じはしません。また心に届きます。写真と詩の組み合わせがいいからでしょう。

たとえば、エルサルバドルの戦争避難民の子どもたちが新生児を囲んで笑っている写真には、「生まれたよ ぼく」という詩がついています。

「生まれたよ ぼく
やっとここにやってきた
まだ眼は開いてないけど
まだ耳も聞こえないけど
ぼくは知っている
ここがどんなにすばらしいところか
だから邪魔しないでください
ぼくが笑うのを ぼくが泣くのを
ぼくが誰かを好きになるのを

いつかぼくが
ここから出ていくときのために
いまからぼくは遺言する
山はいつまでも高くそびえていてほしい
海はいつまでも深くたたえていてほしい
空はいつまでも青く澄んでいてほしい
そして人はここにやってきた日のことを
忘れずにいてほしい」

私は長倉さんが子どもを撮った写真がとても好きなのですが、この本は写真をより深く味わうために詩があり、詩をより深く味わうために写真がある、という有機的な構成になっているのがいいなあ、と思いました。
自分に最初の子どもが生まれたとき、私はその子はもちろんですが、それだけでなく世界中の子どもがいとおしくなりました。その時のことを思い出しました。

オビには「写真家と詩人がとらえた無垢なまなざしの光」とあります。このオビを書いた人は子ども=無垢と思ったのでしょうか? 谷川さんは、「赤んぼのまっさらなタマシイは おとなの薄汚れたタマシイよりも上等だ」と書いています。上等=無垢? 生まれたての赤ちゃんはともかく、子ども=無垢ととらえると、子どもの本質を見誤るかもしれないと、私自身は思っています。でも、子どもたちは大きな可能性と大きな力を秘めています。それをつぶしているのが、私たちおとなです。


2013年11月 テーマ:生きることの意味

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『2013年11月 テーマ:生きることの意味』
日付 2013年11月29日
参加者 シア、ハリネズミ、プルメリア、ルパン、レジーナ
テーマ 生きることの意味

読んだ本:

『オフカウント』
筑井千枝子/著 浅妻健司/挿絵
新日本出版社
2013.03

版元語録:期待して見守ってくれる人がいるというだけで勇気がわいてくる---。いっしょにいるから、すれ違うこともある。ほぼ帰宅部3人のジャグリング&ダンス・デイズ。
『だれにも言えない約束』
原題:KEEPING SECRETS by Jean Booker, 2011
ジーン・ブッカー/著 岡本さゆり/訳
文研出版
2013.03

版元語録:第二次世界大戦中のイギリス。エレンは爆撃におびえながらも、成績や人間関係になやむふつうの学校生活を送っていた。ある夜、たまたま入った小屋でエレンが出会ったのは、敵であるはずのドイツ兵。そのとき、またドイツ軍の爆撃がはじまって…。
『あん』
ドリアン助川/著
ポプラ社
2013

版元語録:生きる気力を失いかけていた千太郎の店に、不思議な老女が「雇ってほしい」とあらわれて——。このうえなく優しい魂の物語!

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あん

『あん』
ドリアン助川/著
ポプラ社
2013

ハリネズミ:今日の3冊の中では、これがダントツにおもしろかったです。登場人物もそれぞれにちゃんと立っているし、物語世界もリアル。ハンセン病で全生園に入れられた吉井さんが「聞く」ということができるのは、千太郎にとってはとても重要な意味を持っていたのですが、吉井さんの死後、親友だった森山さんが「トクちゃん、いちいち大袈裟なんです」とか、「トクちゃん、気に入った人が現れると、あれをやってしまうの。小豆の言葉を聞きなさいとか。月がささやいてくれたとか」と言って、美化されたイメージをひっくり返してしまう。そこもすごい。この本はルビもほとんどないから、児童書じゃなくて一般書として出されたのかもしれませんね。でも、中学生くらいから読んでもらいたい本です。とくに、何をしたいのかわからないでいる子どもたちに。

シア(遅れて登場):私は今回の選書担当係だったのですが、とにかく『あん』を読んでほしくて、それでテーマを設定して本選びをしてみました。テーマと、ちょうど読書感想画の課題図書だったので、おもしろくないかもしれないけど『オフカウント』も選びました。『あん』も感想画の課題図書だったんです。『あん』がとてもいい本なので、読み比べるとおもしろいかなと。『オフカウント』は主人公が中学生なんですが、描写がそうは見えなくて。ジャグリングとか部活の内容などで高校生くらいに見えますね。ちぐはぐな印象です。作者が結構お年なのかなと思うくらい学校生活にリアリティがなくて、学校生活を覚えていないのか、取材していないのか、何を見て書いたのかわかりません。これでどんな絵を描けと言うんでしょうね。選ばれた理由が謎ですが、出版のタイミングでしょうか。おもしろいとは言えなかったです。
 『だれにも言えない約束』は、メインとなるドイツ兵がなかなか出てこなくて。真ん中を過ぎてやって出てくるというのに驚きました。敵であるはずのドイツ兵との触れ合いがメインだったんじゃないの、と。それから、登場人物の言葉がキツいです。海外児童文学では結構あるんですが、こういう言葉のやり取りはどうなのかなと思います。戦争ものの話ですが、ミートパイを落としてしまう場面が一番のショックだったくらいです。そんなにおもしろくなかったですね。
 『あん』は本当にいいお話で、皆さんに是非読んでほしい一冊でした。なのに、皆さんが借りようとした図書館が貸出中ばかりで読めていないというのはとても残念です。ハンセン病についての作品で、今ではなかなか知られることのない病気なので、こういう風に子どもたちが触れられる機会が出来るのはいいことだと思います。ハンセン病の吉井さんとの出会いからの流れがとてもよくて、「時給200円でいい」とかびっくりするようなことを言うんですが、世話を頼まれたカナリアはあっさり手放してしまったりとか、行動が読めません。吉井さんは「見えないものを聞く」とよく言っていて、自然の声が自分には聞こえると言っているんですが、後で結局聞こえてなんかいないことがわかるんです。でも、分かった上でのやり取りというのもいいと思います。甘い世界だけじゃないのが見えるというのが、子どもには特にいいなと。以前新聞で読んだことがあったんですが、作者のドリアン助川さんはハンセン病の施設を訪れたことがあって、いつか本にしたいと思っていたそうです。そして本になったのがこの『あん』です。是非読んでいただきたいですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


だれにも言えない約束

『だれにも言えない約束』
ジーン・ブッカー/著 岡本さゆり/訳
文研出版
2013.03

レジーナ:善意で面倒を見てくれるネリーさんへの態度もひどいですし、「お母さんが、お父さんの病院に連れて行ってくれないのは、お昼代をなくしたことを怒っているからだ」と考えたり、主人公が、あまりにも幼く、身勝手なので、魅力が感じられません。敵の国の兵士と仲良くなるというのが、単なるめずらしい体験で終わってしまっていて、そこから伝わってくるものがないんですね。主人公が教えてもらうのも、なぜ数学なのでしょうか。苦手だったというだけでは、物語の要素として弱い。たとえば、マークース・ズーサックの『本泥棒』(入江真佐子/訳 早川書房)には、字が読めず、言葉を持たなかった少女が、防空壕の中で本を朗読する場面があり、人はどれほど言葉に救われるのかが、心を打つ作品になっています。

ハリネズミ:主人公のエレンは、とても12歳とは思えませんね。自分のことばかり考えて他者に目がいってないし、あまりにも考えなしなので、5歳か6歳にしか思えません。もしかしたら、翻訳の口調が軽くてきついからそう思えてしまうのかもしれませんが。それにエレンは、親の留守に世話をしてくれるネリーさんを「ネリーばあさん」と呼んでいやがるわけですが、エレンのお母さんまで「ネリーばあさん」(p56)と手紙に書いている。お母さんの立場からすると、「ネリーさん」か、せいぜい「ネリーおばあさん」でしょう。これも翻訳のミスなのでしょうか? p58の「窓の外は霧だらけ」も、表現としてどうなんでしょう? p176の「エレン、おまえ……なにか知ってるんじゃないか?」も、この状況でウサギが見つかったときに言う台詞としてはありえない。また、原作のほうにも、問題がありそうです。カールは、絶対に捕虜にはならないと決意しているのに、ナチスの軍服をずっと着たままでいるのは解せません。ストーリーにしても生まれてきた物語というより無理に作った感じです。エレンがもう少し魅力的に描かれてるとよかったのですが、現状では子どもの読者が、表面的な出来事として読むならいざ知らず、感情移入して読むのは難しい。子どもと国家の戦争というテーマだったら、ソーニャ・ハートネットの『銀のロバ』(ソーニャ・ハートネット/著 野沢香織/訳 主婦の友社)、ベティ・グリーンの『ドイツ兵の夏』(内藤理恵子/訳 偕成社)(両方とも絶版ですが)なんかのほうが人間理解という点でずっと深いし、ストーリーもおもしろい。

ルパン:やっぱり主人公に魅力がなさすぎますよね。自分勝手だし。親身に世話をしてくれるネリ—ばあさんにあまりにも失礼。でもまあ、『オフカウント』よりは読めました。とりあえず「ドイツ兵はいつ出てくるんだろう」くらいは気になりましたので。ずいぶんあとまで出てこないので心配にはなりましたが。挿絵はいいですね。エレンの顔がかわいいし。これでだいぶ助けられているんじゃないかな。

プルメリア:戦争当時の状況がわかりやすく描けていると思います。エレンがカールを助ける場面はどきどきしますが、作られた物語だなって思いました。エレンがどきどきしながら見つけたものが、お父さんのコートじゃなくてウサギだった場面は驚きました。5〜6年生だと戦争中でも相手国の人を思いやる心情がわかると思います。表紙や挿絵がよかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


オフカウント

『オフカウント』
筑井千枝子/著 浅妻健司/挿絵
新日本出版社
2013.03

ルパン:残念ながらあまりおもしろくなかったです。章割りのたびに名前が出てくるんですが、別に必要ないですよね。ほとんど峰口リョウガなんですから。いろいろな人の視点で書きたいならまだしも、どうしてこんな書き方するのかなあ。次の章もまた「峰口リョウガ」だからひとり飛ばしたのかと思って前を見たり。そしたらまた次の章も「峰口リョウガ」。その次も。何のためにわざわざ名前を出すのかわからなくて混乱しました。

ハリネズミ:朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』(集英社)も、同じような構成でしたよね?

ルパン:あれは、いろんな視点で書かれてたから。こっちは、まずバスケ部をやめた理由がよくわからないし、戻りたいのかもよくわからない。最初に「何かしたい」と思うきっかけがフットサルのおじさんを見かけたことだったから、それをやりたいという話になるのかと思ったら、そうでもない。ダンスとかジャグリングとか色々出てくるのだけど、感情移入できないし、次はどうなるのかな、というわくわく感がまったくなくて。ダンスシーンも、躍動が目に浮かぶような、リズムがわいて出るような感じがしない。ともかくおもしろくなかったです。

レジーナ:ウィンドミルをはじめ、ダンスのステップの描写が説明的なのですが、イメージできませんでした。牧野の性格が、「おっちょこちょいで、でも頼りになる」というのは、矛盾しているのではないでしょうか。ぽっちゃりしているタモちゃんがダンスをする様子を、「ウーパールーパー」と表現しているのは、思わず笑ってしまいました。会話はリアルで、部活をやめ、うちこむものがない中学生が、何かのきっかけで変わるという、ドキュメンタリー番組にありそうな題材ですが、なぜダンスなのか、ダンスを通して彼らの何が変わったのかが伝わってこないんですよね。ダンスの歴史に触れていますが、主人公に、親や学校への反発があるわけでもありません。ヒップホップは、黒人の人たちの抵抗や自己表現の形なので、そうした芯のようなものを日本人が理解するのは非常に難しいでしょうし、この作品の登場人物を含め、ただかっこいいからという理由で真似る若者が多いのでしょうね。

ルパン:タイトルの『オフカウント』も意味がないですよね。何か対極になる「オン」があって、それに対して「オフ」ならわかるんですけど。「オフカウント」の意味が書いてあったけど、それが何かの伏線になっているとも思えず。オフカウントって、打楽器奏者は「後打ち」とか「裏」とか言うんですが、これで何を言いたかったのかテーマがよくわかりませんでした。

ハリネズミ:会話も、中学生がこんな言い方するのかな、と思うところが随所にありました。小学生かな、と思うようなところも。それに、物語の芯がよく見えません。あと、目線が内にばかり向いていて、外に向かいませんよね。

プルメリア:淡々と読める作品かな。読んでいてもあまりめりはりを感じなく、唯一おばけやしきを作るところはおもしろかったです。だれが主人公かわかりにくくて、読みにくかったです。今風の作品と思いますが、深みはなかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年11月の記録)


うさぎとかめ

ジェリー・ピンクニー『うさぎとかめ』さくまゆみこ訳
『うさぎとかめ』
ジェリー・ピンクニー作 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2013.10

アメリカの絵本。イソップ物語の中にあるおなじみのウサギとカメが競走するお話を、ピンクニーが個性あふれる絵本にしました。ユニークなのは、油断したうさぎが、ただ負けてくやしがるだけではないところ。ピンクニーは、もうアメリカ絵本界の大家ですが、年々絵がじょうずになるし、絵本としての完成度も高まっているように思います。すごい!
(装丁・書き文字:森枝雄司さん 編集:鈴木真紀さん)


2013年10月 テーマ:課題図書を(批判的に)読む

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『2013年10月 テーマ:課題図書を(批判的に)読む』

 

日付 2013年10月31日
参加者 アカザ、レジーナ、ハリネズミ、プルメリア、ルパン、メリーさん、ajian
テーマ 課題図書を(批判的に)読む

読んだ本:

『オムレツ屋へようこそ!』
西村友里/著 鈴木びんこ/挿絵
国土社
2012.01

版元語録:尚子はしばらくの間「オムレツ屋」でくらすことになった。伯父が家族で営む洋食屋さんだ。母さんのつごうにふりまわされる尚子にとって、あたたかな食事や家族の団らんは、はじめて味わう理想の家庭だった。ふたごの和也、敏也とも意気投合した尚子はついに、母さんに、思いきった宣言をする。
『くりぃむパン』
濱野京子/著 黒須高嶺/挿絵
くもん出版
2012.01

版元語録:父親と二人で生きてきた未果と、大家族でくらす香里。育った環境も性格も違う二人が人とのつながりの大切さに気づく物語。
『ジャコのお菓子な学校』
原題:LECOLE DES GATEAUX by Rachel Hausfater
ラッシェル・オスファテール/著 ダニエル遠藤みのり/訳 風川恭子/挿絵
文研出版
2012.12

版元語録:ジャコは、食べることが大好き。ある日、図書館でお菓子の作り方のページを見つけて書き写した。初めて焼いたクッキーは最高! お菓子を作るたびに、算数も長い文章もニガテじゃなくなってきた。ところが、クラスの友だちとお菓子屋さんを始めたら、らんぼうな中学生たちがやってきて…

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ジャコのお菓子な学校

『ジャコのお菓子な学校』
ラッシェル・オスファテール/著 ダニエル遠藤みのり/訳 風川恭子/挿絵
文研出版
2012.12

プルメリア:3.4年生の課題図書ですが、本を読んで自分が理解していくという喜びは3・4年生にはわかりにくいのではないでしょうか。この作品を5年生に紹介したところ、図書館で本を読んで実際にお菓子を作ってみる過程の楽しさや学習を習得していくことが理解できました。発達段階の違いが出ています。おおらかなおじいさんの登場はどの場面もおもしろかったです。紹介されているお菓子の名前やクッキーのレシピはちょっとむずかしいかな。字も小さいので高学年向けの方がよかったのではないでしょうか。

レジーナ:はじめ、主人公は学習障がいなのかと思いました。

プルメリア:こういう子はいます。なんとなくぎこちない子たちは実際にいます。

メリーさん:自分の好きなことで読み書きや算数を自然に学んでいくというところはいいなと思いました。それから、ミルフィーユが千枚の紙という意味だとか、ババロワが地名だというような豆知識。訳文も一生懸命だじゃれを日本語にしているということがわかって面白かったです。ただ、こういうことは子どもが全部ひとりでできるのかなと思いました。母親が全く出てこなくて、電話でおじいちゃんのアドバイス、というのはリアリティーがないような。中学生のギャングたちをコショウで撃退するところも同じです。正反対の性格を持つ友だちのミシューとシャルロットも、どうして主人公と仲良くなったのか、書き込んでもらえるともっとよかったと思いました。

レジーナ:あまりにも簡単に、問題が解決していきます。子どもの時、通信教育の勧誘のパンフレットに、「何かのきっかけで急に勉強ができるようになる」という内容の漫画がよく載っていたのを思い出します。訳文が少しぎこちなく、「〜」を多用しているのも気になります。かわいらしいイラストは、子どもは好きなのかもしれませんが、お菓子が、もう少しおいしそうに見えればよかったです。

アカザ:チョコチップクッキーが肉団子みたい。

レジーナ:タイトルを直訳すると「お菓子の学校」ですが、なぜ、あえて「お菓子な学校」としたのでしょうか。「おかしい」「面白い」という意味をこめたかったのかもしれませんが、それも不自然ですし……。

アカザ:するすると楽しく読めて、訳者も一所懸命、原文に取りくんでいるなと思いました。数多いだじゃれの訳など、ご苦労様といいたいくらいです。ただ、ファンタジーだと翻訳物でも自分の世界とまったく違ったものとして読みますが、こういう日常生活を扱ったものは小学生には理解するのが難しいだろうなと思いました。台所の道具のひとつひとつ、お菓子の材料のあれこれも、日本とは違いますものね。対象年齢は中学年ではなく、もう少し上だと思います。これも、作者の意図が透けて見える作品で、最初にアイデアありきという感じ。読んでいるあいだじゅう、この作者は頭で書いていて、心で書いていないという感じがつきまとっていました。教訓的というか、大人の目線で書いている。子どもがどんな感想文を書くのか、読む前にわかってしまうような作品ですね。

ルパン:私は結局読めなかったんですが、今みなさんのお話を聞いていて、『ビーチャと学校友だち』を連想したんですけど……そういう話とは違うんですか?

プルメリア:「ビーチャと学校ともだち」とは、全く違うような気がします。

ハリネズミ:勉強の嫌いな子が、興味あることに夢中になるうちに、いろいろな知識を身につけていく、というストーリーは、大人には魅力的ですよね。でも、結局「勉強しなさいと言いたい」という意図が透けて見えてしまうと、どうなんでしょう? この作品は、そのぎりぎりのところでよくできているのかもしれません。5章のところで、卵の殻もくだいてクッキーに入れちゃってますが、できあがりがどうだったのか書いてないので心配です。

ajian:これも作者の意図は透けて見えるし、ひとりでオーブンまで使って危ないなとは思うけれど、読んだ子どもが、自分でもやってみたくなるんじゃないかなと思いました。子どもの頃に読んだ本で『うわさのズッコケ株式会社』(那須正幹著 ポプラ社)がとても好きだったんですが、自分で計算して利益を出してまた次の材料を買って・・・というあたりが似ているように思います。あと中学生が邪魔をしにくる場面。うまくいきかけていると邪魔が入るというのは一つのセオリーですが、上級生たちにめちゃくちゃにやられて悔しいというのは、自分にもそういうことがあったなあと。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


くりぃむパン

『くりぃむパン』
濱野京子/著 黒須高嶺/挿絵
くもん出版
2012.01

ルパン:飽きずにひといきで最後まで読めましたが、「くりぃむパン」の意味がよくわからなかったです。表題にもなっているので何か特別のいわれのあるものかと思って最後までそれが出てくるのを待っていたのですが、とくになかったので拍子抜けでした。ただの近所のおいしいパンだったんですね。つるかめ堂の立ち位置もよくわからなかったし。下宿という設定はいいですね。漫画家が下宿していて、自分のことがマンガになるというエピソードもおもしろかったです。主人公の未果、いいですね。ためたお金でパンを買って配るシーンはぐっときました。

メリーさん:主人公たちがひいおばあちゃんの部屋へ行く場面、時間がゆっくり進むから、得したような気になる、という感想がいいなあと思いました。それから、漫画家の志帆さんが、実は住んでいる家と家族をすごく気に入っていて、そのことを漫画に描いていたというくだりも。普段見慣れてしまった、ありふれた町や商店街の風景がまた違ったものに見える感じがよく伝わってきました。「友チョコ」、派遣社員の問題、子どもの話し言葉。今の風景を取り入れようとしているのはよくわかるのですが、下宿という設定はどうか。貧困というきびしい現実は厳然としてあるけれど、この設定は今の子どもにとって本当にリアルなのかなと思いました。

レジーナ:ひねくれていて、すぐすねる子どもが主人公なのは、新しいですね。92ページで、未果が、「パンは手軽だから」と言いますが、子どもの言葉遣いではないですね。94ページで、パンをもらった主人公が、「生きるってせつないよね」と言うのは、少し唐突に感じました。『キッチン』(吉本ばなな=著 福武書店)に、朝食のパンをもそもそかじりながら、「みなしごみたい」と言う場面がありますが、パンの独特のわびしさのようなものは、大人だからわかる感覚ではないでしょうか。

ハリネズミ:そこは女の子にありがちな、背伸びをして言ってみたかった言葉なのでは?

レジーナ:それでも、登場人物はきちんと描き分けられています。未果が、すごくいい子に描かれているので、もっと本音にせまる描写があってもいいのではないかと思いました。

ハリネズミ:『オムレツ屋へようこそ!』と似た設定ですが、あちらが全体的に無理矢理作った話という感じがするのに対して、こちらはそれがないので、物語世界にすんなり入って行けます。余計なことですが、p66に「おにいちゃんは、口をとがらせて、おかわりのお茶わんをママに差しだす」とありますが、ご飯をよそうのはいつもお母さんなんだなあ、と考え込んでしまいました。ひと昔前は子どもの本の中のジェンダーにずいぶんとこだわって固定観念を取り除こうとしていましたが、今は出版社側もあんまりそういうことを考えないんですね。

プルメリア:なぜクリームが「くりぃむ」なのか気になりました。お笑い芸人を意識しているのでしょうか? 主人公のようにお金が大好きな子どもはいますが、「守銭奴」という言葉はこどもたちにとってはわかりにくい言葉です。1学期、3、4年生にブックトークで今回の課題図書を紹介した時、「守銭奴」の言葉の意味を教えました。まわりの人々が未果に優しくする気持ちはよくわかると思います。二人の子どもの心情がよく書かれています。謎めいた作家の設定もいいなと思います。お父さんが職をなくしたときに、ためていたお金が入った貯金箱をこわしてパンを買うというところはわからなかったです。

ルパン:やけくそになったんじゃないかな。せっかくお父さんと暮らすためにお金を貯めていたのに意味がなくなってしまったわけだし。

ハリネズミ:店の名前は昔からあるつるかめ堂がクリームパンを売り出したときは、平仮名にしたほうがハイカラに見えたのでは?

アカザ:わたしは、しゃれてるなと思いました。ぜんぶカタカナで書くと固い感じだし、あたりまえになっちゃうのでは?

プルメリア:バレンタインデーに男の子にチョコレートをあげないところが現実的でよく書かれていると思いました。この本は高学年向けのほうがよかったのではないでしょうか。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


オムレツ屋へようこそ!

『オムレツ屋へようこそ!』
西村友里/著 鈴木びんこ/挿絵
国土社
2012.01

アカザ:近所の小学校の塀に、6年生の子どもたちが将来なりたい職業を描いた絵が貼ってあるのですが、圧倒的に多いのがパティシエなんですね。子どもたちは食べるのも好きだし、料理にも興味があるので、お菓子や料理をテーマにした本も、いつの時代も人気があるのだと思います。ただし、この本はオムレツやオムレツの作り方が主体になっているわけではありません。お母さんとふたりで暮らしている女の子が、お母さんの仕事の都合で叔父さんの家で暮らすことになり、そこでいろいろな人に出会って、結局自分は自分らしく生きていけばいいという結論にいたる……。一行ずつ行がえしていて、読みやすいようだけれど、もうこういう本は読みあきたっていう感じ。ちょっと見には、ひとりぼっちになった女の子が下町の商店で暮らすようになるところとか、最後が花火で終わるところが、乙骨淑子著『13歳の夏』によく似ていると思いましたが、『13歳〜』のような瑞々しさや、人生の奥底に触れるような、心を揺さぶられるエピソードもなかったし……。とくに驚いたのが、最後に得体の知れない大作家とやらが登場して、女の子の母親の文才を褒めたたえるので、女の子やおばあちゃんたちもびっくりし、しょうもない母親だと思っていたのを見直すという展開。マンガでも、こんなに軽い話はないんじゃないの? その大作家の代表作が「富士山御来光」と「日本海流」という下りで、思わず吹きだしてしまいました。結論として、どうしてこの本を課題図書に選び、大勢の子どもたちに読ませたいと思ったのか、選考委員のご意見をぜひぜひお聞きしたいものです。もしかして、「ひとり親家庭」「障害のある子ども」「母と子の関係」というようなキーワードだけで選んだのでは?

レジーナ:すらすら読める作品ですが、ところどころ、文体が不自然な箇所がありました。p8の「探すんじゃないかと思ってさ」は、「(家を)見つけられないんじゃないかと思ってさ」、p72の「かたづけのわるい子」は、「かたづけられない子」ということでしょうか。作家が、自分の物ではないのだから見つかるわけがないのに、ジャージのポケットの中を一生懸命探す場面は、コミカルでおもしろいと思いました。病弱な子どもの兄弟の心のケアについては、最近、世間の目が向きはじめたように思います。全体としては、すべての登場人物をいい人に描こうとしているのが、残念です。母親にしても、仕事をやめると言った時には、もっと複雑な想いがあるでしょうから、本音をつきつめて描いてほしいですね。底の浅い作品だと、生徒の感想文も、似たり寄ったりになるのではないでしょうか。

メリーさん:子どもを気遣いながら、大きいホテルの料理人をやめて洋食屋をやる家族とそれを尚子の目で描くという物語の大枠はいいと思いました。後半で作家がつぶやく、階段のてっぺんからだけではなく、五段目からの景色もいいのだ、というところなんかも。その一方で、盗まれた体操服を和也と敏也が協力して返そうとするところは、アイデアはいいのですが、その後が何も書かれておらず、残念。そもそも、主人公が親元を離れて居候をし、そこから学校に通うという設定は、子どもたちにリアリティをもって受け止められるのか、ちょっと疑問に思いました。

ハリネズミ:本はその世界の中に入っていって、疑似体験をすることが醍醐味ですよね。その観点からすると、物語世界のリアリティが不足していて、本の中に入っていきづらい。まず主人公のお母さんの悠香さんですけど、こんな人本当にいるのかしら? モンゴルに半年行くのはいいとしても、その後急に続けて北京にも2か月行くことになったり、その後取材旅行は全部とりやめると出版社にも言ったのに、娘の機嫌が直ったらまたすぐ行くことにしたり。こんなライター、社会で通用しないですよね。この人がもっと魅力的に書かれていればいいのにな。作家の宝山幹太郎の存在もマンガならともかく、嘘っぽい。1冊エッセイを書いただけのライターに「あれだけのものが書ける人はそうはいない」なんて言って、わざわざ思いとどまらせるために捜し歩くわけないでしょう。それに敏也君は、幼児のときは身体が弱くて入院していたみたいだけれど、今は松葉杖で歩けるし頭もいいのなら、どうして養護学校の寮で生活しなくちゃいけないの? お父さんもホテルを辞めて家で仕事をしているわけだし、おばあちゃんもいるのに? それに、敏也がバケツで雑巾をゆすいだだけで「危ない」はずはないんじゃないかな。私が購入したのは2刷でしたけど、p61やp67に誤植がまだまだ残っていたのも残念。

アカザ:わたしも、このオムレツ屋さんは、どうしてこの子を全寮制の特別支援学校に入れたのかなと疑問に思いました。一般の学校に行くか、障害のある子どもたちの学校に通わせるかだって、親は相当悩むと思うのに。じっさい、知的障害のある子どもの親が悩むのを、以前に身近で見てきたので……。この本を読んだ子どもたちが、松葉杖で学校に来る友だちに「どうして別の学校へ行かないの?」なんてきくんじゃないかと心配になりました。病気や障害のある子と、その兄弟の関係については、宮部みゆきが『ソロモンの偽証』で、恐ろしいほど深くえぐって書いていました。

プルメリア:あまり心情が伝わらないな、殺風景だなという感じがしました。もっと境遇の厳しい人は現実にはたくさんいます(夜逃げ同然で現れて、夜逃げ同然で去って行くとか)。知的障害がある子どもは支援学校にいくことがありますが、体が不自由だけれども動くことができる子どもは通常学級に通っています。設定がよくわからないです。

ajian:作者の意図が透けて見えて、しかも共感できませんでした。全体的にリアリティに欠けていると思います。ブログを書いているチャイナドレスの女性は、「風変わりな人に出会ってきたが、、なかでもかなり強烈」とありますが、どこがどう風変わりなのかが全然見えません。フリーライターの母親にしても、モンゴルに半年取材旅行に行くとありますが、旅行ガイドを書いている人がそういう仕事の仕方をするだろうか、と思いました。それから和也と敏也のお父さんが、敏也に障碍があって大変だから、ホテルを辞めてオムレツ屋を開いたとありますが、特別支援学校に行っていてお金がかかるのに、果たして実入りのいい仕事を辞めるのかな、という疑問が湧いてきます。街のオムレツ屋ってそう簡単にできるもんじゃないのに。こういうところの造りが甘いと、読む気をなくすんじゃないかと思います。途中で登場する「スパイクシューズ作戦」も、単に敏也が活躍するという状況を作りたかっただけで、何の必然性もないですよね。最後に出てくる作家についても、作家が論語=中国の難しい本を読んでいる、という、この薄っぺらなイメージがさむいです。何より腹が立ったのが、母親が好き勝手やっているのを、この子が最終的に受け入れるように読めるところです。大人のせいで子どもが我慢しなくてはならないというシチュエーションを、当たり前のように書いているのが、いやですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年10月の記録)


2013年09月 テーマ:未来へ向かう力

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『2013年09月 テーマ:未来へ向かう力』
日付 2013年9月26日
参加者 プルメリア、トム、アカシア、ルパン、ajian、クプクプ
テーマ 未来へ向かう力

読んだ本:

『鉄のしぶきがはねる』
まはら三桃/著
講談社
2011

版元語録:工業高校機械科「旋盤」女子、鉄の塊に挑む手作業よりもコンピューターを信じていた女子高生が、鉄との格闘を通して職人技の極みに魅せられていく。機械油と鉄のとがった匂いにまみれた「旋盤」青春物語
『パンとバラ』
原題:BREAD AND ROSES, TOO by Katherine Paterson, 2011
キャサリン・パターソン/著 岡本浜江/訳
偕成社
2012

版元語録:一九一二年冬、アメリカ東部ローレンスの町で、移民労働者たちのストライキがおこった。その混乱のさなか、互いに名も知らなかったイタリア移民の娘ローザ と、貧しい少年ジェイクの人生が交差する。現代アメリカ史に残る出来事を背景に、家族の思いやりや助け合う人々の姿をあたたかく描いた長編小説
フランシスコ・X・ストーク『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
原題:MARCELO IN THE REAL WORLD by Francisco X. Stork, 1998
フランシスコ・X・ストーク/著 千葉茂樹/訳
岩波書店
2013

版元語録:マルセロは発達障害をもつ17歳。「リアルな世界」を経験してほしいという父親の望みに応え、ひと夏を、彼の法律事務所で働くことに。新しい出会いに仕事 に戸惑いながらも、試練の毎日を乗りこえていくが、一枚の写真から、事務所の秘密を知ってしまい…。だれもが経験する不安や成長を、発達障害をもつ少年の 内面からえがく、さわやかな青春小説。

(さらに…)

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マルセロ・イン・ザ・リアルワールド

フランシスコ・X・ストーク『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』
フランシスコ・X・ストーク/著 千葉茂樹/訳
岩波書店
2013

クプクプ:おもしろかったです。マルセロは、特別な学校に行っているけど、お父さんの会社で働くんですよね。アスペルガーだからなのか、自分なりの言葉で、自分の頭で考えて、リアルな世界に迫ろうとするそこに読者も引き込まれて、いっしょにリアルな世界ってなんなのか、見つけていくんです。彼はお父さんの不正を発見してしまうけれど、会社がつぶれるわけじゃない。マルセロの大きな魅力は、自分なりの言葉を積み上げて、一から世界を理解し、世界を創っていくところ。彼をサポートするジャスミンも魅力的な女の子ですね。ふたりとも音楽が大好きで、いつしか惹かれあっていく。ジャスミンの父親のエイモスは、息子のジェイムズが馬にけり殺されてしまったのに、その馬を自分で飼い続ける選択をしています。そんな価値観も、物語に奥行きを与えているみたい。死んだ息子といっしょに、その馬と生きる時間を受けとめていくんですよね。何が正しくて何が間違っているのか。リアルな世界は複雑だけれど、マルセロは自分の耳に「正しい音が聞こえる」こことを大切にしていく。好感の持てる作品でした。

レジーナ:発達障害を持つマルセロは、人の感情や人生には、善悪、嫉妬、本音と建前など、秩序立てることのできないものがあるのだと知っていきます。ジャスミンがマルセロに、訴訟問題にどう関わるか、自分で決めなければならないと話す場面がありますが、生きることが喪失の連続なのは、誰しも同じなんですよね。マルセロは、イステルとの出会いの中で、苦しみばかりの人生をどう生きていけばいいのかという問題にぶつかり、人生に挑もうとします。どんな人にとっても、人生というのは多かれ少なかれ生きづらいものです。この作品の魅力は、発達障害の少年の目を通して描きながらも、すべての子どものための普遍的な成長物語になっている点だと思います。宗教に強い関心を抱くマルセロは、聖書を暗記し、何度も心の中で思い返し、自分のものにしようとし、人間の矛盾を受け入れようとします。ピアノが弾けないことを、「ぼくの心のなかの配線は、ピアノを弾くのに必要なだけの電流に耐えられなかった」と言ったり、その場で思いついたことを「即興で演奏」と表現する独特の言葉づかいも、マルセロ自身も、また彼の目に映る世界も、読者を惹きつける力があります。p151でマルセロは、自分の感情を非常に論理的に分析していますが、アスペルガー症候群の人は、これほど段階を追って考えるものなのでしょうか。またp160に「ウェンデルはどうやって、ぼくの心のなかを知ったのだろう?」とありますが、アスペルガーの人は、人の感情を読み取るのが困難なだけで、感情というものが存在することはマルセロも知っているはずなので、この台詞は不自然ではないでしょうか。

アカシア:本当にリアルな世界とはなんなのか、ということを考えさせられました。お父さんがリアルだと思っている世界は、実はリアルではないのかもしれないと思ったんです。そして著者もそう言いたいのではないかな、と。逆にこの作品では、マルセロの視点から見た周囲の世界がとてもリアルに書かれています。著者が障碍者の施設で働いたことがあり、自閉症の甥をもつことから、つくり話ではなく登場人物にリアリティがある作品になっていると思いました。もちろん、こうなるといいな、という理想も書かれてはいると思いますけど。読者もマルセロに寄り添って物語の世界を歩いていくことができるし、ちょっと臭い台詞も、マルセロが言っていればそう思わないで素直に受け取れる。発達障碍をもった人を主人公にした本だと『夜中に犬に起きた奇妙な事件』(マーク・ハッドン著 小尾芙佐訳 早川書房)がおもしろかったし、目を開かれた気持ちになったんですけど、この本はまた趣が違っておもしろい。本文では「リアルな世界」となっていますが、書名は「リアル・ワールド」なんですね。一つ気になったのは、マルセロは定期的に脳をスキャンされてますけど、どういう方法でなんでしょうか? 普通のCTスキャンだと健康に害がありますよね。

ajian:第3章での父との会話。マルセロの父親は息子のためを思って、法律事務所で働くようにいうわけですが、マルセロにはそれが通じず、かえってストレスに思う。このすれちがう感じは、すごくよくわかる気がして、この辺りからぐっと引きこまれましたね。ラビとの会話は、最初原書で読んだときはちょっと難しくて、読むのに苦労したのですけど、翻訳で読んでみてかなりクリアになって、よかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


パンとバラ

『パンとバラ』
キャサリン・パターソン/著 岡本浜江/訳
偕成社
2012

ajian:これはおもしろかったですね。まず「パンとバラ」って、なんてキャッチーなコピーだろうと思って。ストライキの渦中にある人々が、自分たちのほしいものをアピールしようと集まって、英語も充分にできないのに、この言葉を生みだしていく、そのくだりはちょっと泣けてしまいました。後半、ジェイクとローザがバーモント州に行ってからは、ジェイクの嘘がばれるかばれないかという展開が始まるのですが、この辺りは、それより二人が元からいた町はどうなってるんだと気になってしまいました。あとがきを読むと、二人が避難した先がどうしてこの石工の町である必要があったのか、わかるんですが。ちょっと前に、ニューヨークのウォール街で、99%のデモをやっていて。この物語の背景になっている時代より、今ははるかに事態が複雑になっていると思います。企業は巨大化し、多国籍化し、経営者と労働者の格差もますます拡大していて。だから、この物語は、古い時代の物語でありながら、いま読んでも響くものが多い気がしました。あとは、子どもの目線でずっと書かれていて、何が起きているかが、ちょっとずつわかってくるんですよね。それが、ちょうど事態の目撃者の役割を果たしていて、うまいなと思いました。

クプクプ:全然違う世界じゃないですか。別の町の大人たちが、他の町で起きているストライキに共感して、ストが終わるまで自分の町に、食うに困っている子どもたちを引き取って面倒を見るなんて。江戸時代には、迷いこんできた子どもを町の子どもとして育てる制度はあったと聞いていますが、今の日本では考えられない世界ですよね。母親たちも、教会やまわりのサポートがあるからこそ、ストを続けていけるわけです。子どもは社会のものだっていうのは、キリスト教社会の発想なんでしょう。

アカシア:パターソンも宣教師の家庭ですしね。

クプクプ:人間はこんなふうにも生きられるんだなって思いました。みんな、ぎりぎりで生きているけど、人と人との関わりが深い。ジェイクも許されないことをしたのに、受け止めてもらえた。根っこにあるのは、人と人がつながることの意味…主人公たちの生きる状況は厳しいけれど、人間の関係だけを見ると羨ましいぐらい。

アカシア:でもこれって、古き良き時代の労働組合じゃないですか。今だったら、巧妙につぶされると思うし、事はこんなふうに理想的には展開しないだろうなって、私は思ってしまった。だから絵空事みたいな感じがしちゃったのね。今はありえないなって。

クプクプ:そうですね、町長の息子がダイナマイトをしかけるのも、今だったらもっと巧妙にやるかな。理想郷ではないけれど、ある意味、やっぱり理想郷の物語だと思う。そういう時代や人間関係がありえた、ということもふくめて、子どもに読んでもらいたい本です。

トム:とても熱いものが伝わる物語でした。人が不要になって捨てた物のなかで暖をとる・・・誰も見向きもしないところが安息の場ということにまず想像を超えた貧しい世界が見えてきます。働くお母さんたちが、ローザの台所に集まって、どうやって経営者達と戦おうか話しあう場面がありますが、身近な社会で起きることに、おかしいよねって言いあえる仲間があって、連帯してゆく様子がとてもよく描かれていると思いました。現実には、知らず知らずの内に操作されたり、不本意ながら長いものにまかれてしまいがちで、それがもっと大きな問題を生む種だったりすることは誰もがわかっているのですが・・・。ここでは大人も子どもも一緒になって、自分をごまかさずに生きていると感じました。また、その子どもたちや子どもを抱える家族を助けてくれる人がでてくる—かつてのアメリカにはこういう動きがあったのでしょうか。p178の証明書は、本物なのですか? ここでもう一つ印象的なのは、このお母さんの心根。貧しくても日々の暮らしが切羽つまってもちゃんと自分の子どもを見ている。だから預ける先を選ぶ判断を間違いなくしている。それによって子どもは生き延びてまた再会の時を迎えられるのですから。それに比してジェイクのお父さんは、なんでこんな悲しい死に方をしなきゃいけなかったんでしょう。

レジーナ:ローザは優等生の女の子ですが、しだいに自分の頭で考えて正しいことをしようとします。登場人物が魅力的ですね。社会主義者のジェルバーティさんや、ピューリタンの先生など、さまざまな国籍・宗教・立場の人が入り混じった社会は、日本の子どもにはなじみがないので、説明が必要かもしれませんね。パターソンの作品は、『星をまく人』(キャサリン・パターソン著 岡本浜江訳 ポプラ社)のように、人生の暗い部分を描き、救いがあまり感じられないまま終わる話もありますが、『パンとバラ』の結末は、希望がありますね。バラをイメージさせる、赤を基調とした装丁が素敵です。表紙はストライクの場面で、裏表紙に、物干しの洋服と靴が描かれているのも、労働者の生活を表しているようで、しゃれています。p57の「もともと、工場わきでスト破りの見張りなんかしたくはなかったのだ。もとはといえば、そこがみんなの興奮のもとなのだろうけど」ですが、「もと」という言葉を必要以上に繰り返しているので、翻訳を工夫してほしかったです。

アカシア:翻訳についていうと、p19に「一週間分の自分のビール代」ってあるけど、子どもが毎日ビールを飲んでた? で、その金額が「小屋の家賃をはらい、二週間分の食べ物を買える」のと同じ? ちょっとここは、わかりませんでした。p47の「父ちゃんの怒りのはげしさを見たとたん、ジェイクは走りだそうかと思った」は、逃げだそうか、ってことなのかな? p204の「けがしてないだろ?」は小さい子の言葉じゃないかもしれませんね。p208の「やわらかくて、肉が骨からとれそうなチキンの大皿もある」は、まだ見ているだけの段階なので、そこまでわかるのかなあ、と思っちゃいました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


鉄のしぶきがはねる

『鉄のしぶきがはねる』
まはら三桃/著
講談社
2011

プルメリア:表紙もよく軽くて良い感触でしたが、読み始めたら金属音が気になってなかなか読みすすめられませんでした。知らない職種なので仕事内容がわかりにくく理解が進みませんでした。わからないなりに読んでいって、中頃になってようやく自分なりの解釈で読めるようになってきて、工業学校の様子もわかり、登場人物も少ないのですがひとりひとりのキャラもわかってきて家族の思いやりも伝わり、最後はコンクールへ向けての熱意も伝わって来て、応援したい気持ちになりました。高校生のときめきもよくわかるし、工業系の話って今までなかったと思うのでお薦めしたいです。これが工業系のお話の第一作になっていくのかなと思いました。

トム:「鉄のしぶきがはねる」というタイトルは、象徴的な感じがしました。ページを開く前、私は板金のこともなにもわからないので、飛沫が跳ねるということからもっと文学的なイメージを広げていたかもしれません。先入観でタイトルに勝手な思い込みを重ねました。考えてみれば赤く燃える鉄鋼炉で鉄が湯のように滾っている映像を見たことを思い出します。内容は工業高校での学びがかなりリアルに語られて、鉄が水のように跳ねる事実からも工業世界の一端をみる気持ちです。若い人がもくもくと何かを作ることに没頭する姿はすがすがしく感じました。それぞれの葛藤や背景はありますが。

アカシア:工業系でも、旋盤は地味だからかあまり児童文学にはとりあげられませんよね。

プルメリア:ロボットや飛行機だったら目立つけど。

トム:技術は一代限りでないこともさりげなく語られています。それから、貧しいなかでノートを盗んでしまう若者。人間の弱さ、弱さを生んでしまうものは何なのか読者の若い人たちはどう感じているでしょうか。時代の背景とか、そのことが他者の人生を狂わせ自分も生涯苦しみを抱えて生きることになる・・・と、若者も大人も一緒に想像力ひろげて考えられたらと思いますが。かなり重いテーマが挟まっていると思いました。

アカシア:ゲームセンターって今もあるんですか?

プルメリア:ありますよ。

トム:登場人物のなかで、大人たちはかなりステレオタイプに描かれているように感じました。若者たちはそれぞれいい味。亀井君、吉田君もそれぞれに色々な出来事を超えて自分の道を歩きだす様子がさわやかに描かれています。どこかで会えるような気がする若者たちです。原口くんは、卒業後インドに旅立つという意外な展開で少し唐突な気がしました。日本の技術とアジア・インドの状況などもう少し具体的に、例えば原口君を突き動かした出来事など描かれていたら彼の情熱がリアルに伝わって原口君に自分を重ねる人がでるかも・・・。最後に「待ってろ」なんて、何だかカッコヨク古風なことを言うのは、突如物語のテーマのハンドルが別のルートにきられた気もしましたが。

ルパン:説明調の文章が多くて、読むのがたいへんでした。レアな世界を紹介したい、という作者の意図が透けて見えるし…。バイトとか旋盤とか、工業用語がたくさん出てくるのですが絵で浮かんでこないから、その分お話に入り込めませんでした。そういうものを文章で表現するのが目的だったとは思うのですが。ふつうに手に取っただけだったら、たぶん途中で放り出したと思うんですが、今日の会の課題だったのでがまんして読み続けたら、そのうち最後のほうでおもしろくなってきました。もっとストーリー中心で描けばよかったんだと思います。工業高校の女の子って、とても魅力的な設定だし。旋盤作りの説明がこんなに前に出ずに、物語の背景として自然に組み込まれていたらなあ、と思いました。全体的にはやはり工業高校の世界のレポートを読まされている感がぬぐえませんでした。さいごに原口君とふたりでインドのかたちを作るジョークを交わすシーンなんかはすごくいいですね。こういうのばっかりだったらよかったな。

レジーナ: 聞きなれない言葉が多く、はじめは少し入りづらかったです。「ものづくり」という、人と少し違うことに魅せられた少女が、おばあちゃんや、人に裏切られても、それでもまた信じようとする原口など、温かな家族・友人の中で成長していく話は、まはらさんらしいですね。「ものづくりは楽しいから、なくなることはない」と原口に言われた心(しん)が、自転車のグリップを握った瞬間、鉄を切った時の感触を思い出す場面では、手の感覚で、はっと何かに気づく様子がよく伝わってきました。コツコツ努力し、硬い鉄の中から形を取り出すというのは、どこか人生にも重なるようです。主人公は、ものづくりとパソコンをよく比べていますが、この部分は必要だったのでしょうか。比較が作品の中で効果的に使われているようにも感じられなかったので……。

ajian:p11の「コンピューター制御」というのは、具体的にはプログラミングのことなのでしょうか。それがどういう状態をさすのかが、今ひとつわからなくて。「コンピューターをやっている」という表現も出てきますが、具体的でないのが、ちょっと気になってしまいました。コンピュータといっても、できること、やれることは千差万別なので、たんに「コンピューターをやる」という表現は、ちょっと大雑把かなと思います。パソコンが好きな子どもが読むと「あれ?」っと思ってしまうかも。

クプクプ:バランスよく書けた本だなと思いました。読後感がよくて、それはたぶん、ジェンダーを越えて道を究めていく話だから。もちろん、女は得だな、という偏見を持つ先生も出てきますが・・・。恋愛だけで終わらない、気持ちよさのある話だなって、素直に思いました。「心出し」とか知らない言葉がいっぱい出てきて、言葉は専門的で独特だけれど、日本語の豊かな世界に出会えました。主人公の鉄を削って形を求める姿が、作家さんが対象を描写するために文体を求め、削っていく様子と呼応していておもしろかった。

ajian:同じ話のくりかえしですみません。p39の「コンピューターに戻れるだろう」も、ちょっと引っかかってしまいました。彼女が「コンピューター」で何をやりたいのか/やっているのか、が今ひとつ伝わってこないです。プログラミングならプログラミングで、何かを学び、身につけるということは、本来世界の捉え方から変わってくるようなことだと思います。欲をいうなら、既に「コンピュータをやっている」彼女が、旋盤に出会うことで、さらにどう変わるのか、それが書かれているともっとよかった。それがなくて、たんに「手作り」の対比として「コンピューター」を置いているだけなら、ちょっと浅い気も。

アカシア:コンピュータ技術を学びたいと思い、手仕事を古くさいと思っていた主人公の心が、機械ではできないものがあると気づいていく過程がうまく描かれていました。工業高校の旋盤技術という、地味であまり注目されないところに焦点をあて、そうした技術をとても魅力的に描き出しているのもすてきです。触覚とか視覚とか、作ったものが浮かび上がるような表現をしようとしていますね。私にはまったく未知の分野ですが、すごいものができていくのがわかります。音とか、金属音もリアルに感じられたし。私は都会で生まれ育って、まわりに工業関係の施設もなかったので、工業高校は勉強が好きではない子が行く学校なんじゃないかって、誤解してました。この作品を読んで、工業高校の魅力がよくわかりました。心と原口の将来を暗示するようなストーリー展開はありきたりになりがちですけど、心も原口も旋盤に魅入られているという側面があるので、ただのありきたりにはなってない。絵や説明はあえて入れずに、勝負しているのもすがすがしいです。わからない部分があっても十分魅力が伝わってきますもの。北九州弁で会話が進んでいくのもおもしろかったな。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年9月の記録)


ひとりひとりのやさしさ

ジャクリーン・ウッドソン文 E.B.ルイス絵『ひとりひとりのやさしさ』さくまゆみこ訳
『ひとりひとりのやさしさ』
ジャクリーン・ウッドソン文 E.B.ルイス画 さくまゆみこ訳
BL出版
2013.07

アメリカの絵本。クローイの学校に、貧しい転校生がやってきました。その子がにっこりしたり遊びに誘ったりしても、クローイたちは知らん顔で無視。いじめの問題は、お題目を唱えたり、いじめた者を糾弾するだけでは解決しません。これは、自らもいろいろな差別や偏見にさらされてきたウッドソンが「いじめ」をテーマに書いた絵本です。ふつうの絵本にはない視点で、子どもの心の奥までおりていっています。ルイスの絵がまたすばらしいし、物語に出て来てやさしさを生徒たちに伝えようとする先生もすてきです。
(編集:渡邉侑子さん)

*シャーロット・ゾロトウ賞、コレッタ・スコット・キング賞銀賞受賞


2013年07月 テーマ:謎と不安

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『2013年07月 テーマ:謎と不安』
日付 2013年7月18日
参加者 ルパン、夏子、クプクプ、レジーナ、プルメリア、アカシア
テーマ 謎と不安

読んだ本:

パトリック・ネス&シヴォーン・ダウド『怪物はささやく』
『怪物はささやく』
原題:A MONSTER CALLS by Patrick Ness, 1995
パトリック・ネス /作, ジム・ケイ/絵 シヴォーン・ダウド/原作, 池田 真紀子/訳
あすなろ書房
2011.11

版元語録:ある夜、怪物が少年とその母親の住む家に現われた—それはイチイの木の姿をしていた。「わたしが三つの物語を語り終えたら、今度はおまえが四つめの物語をわたしに話すのだ。おまえはかならず話す…そのためにこのわたしを呼んだのだから」嘘と真実を同時に信じた少年は、なぜ怪物に物語を話さなければならなかったのか…。
『ふたつの月の物語』
富安陽子/作
講談社
2012.10

版元語録:養護施設で育った美月と、育ての親を亡くしたばかりの月明は、中学二年生の夏休み、津田節子という富豪の別荘に、養子候補として招かれる。悲しみのにおいに満ちた別荘で、ふたりは手を取りあい、津田節子の思惑を探っていく。十四年前、ダムの底に沈んだ村、その村で行われていた魂呼びの神事、そして大口真神の存在。さまざまな謎を追ううちに、ふたりは、思いもかけない出生の秘密にたどりつく…。
エロイーズ・マッグロウ『サースキの笛がきこえる』
『サースキの笛がきこえる』
原題:THE MOORCHILD by Eloise McGraw, 1996
エロイーズ・マッグロウ/作 斎藤 倫子/訳 丹地 陽子/絵
偕成社
2012.06

版元語録:妖精の世界を追放され、人の子として育つサースキ。皆と違う自分に苦しむが、やがて自分の道をみつけていく、成長の物語。

(さらに…)

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サースキの笛がきこえる

エロイーズ・マッグロウ『サースキの笛がきこえる』
『サースキの笛がきこえる』
エロイーズ・マッグロウ/作 斎藤 倫子/訳 丹地 陽子/絵
偕成社
2012.06

ルパン:最後まで読んでいないんですけど、今までのところで一番気になっているのは、取り替えられて妖精の国に行かされた子はどうなったんだろう、っていうことです。

夏子:そこは、読めばわかるようになっていますよ。アメリカで出版されたのが1996年で、確かニューベリー賞候補になったんですよね。そのころ英語で読みました。でも今回翻訳で読んだ方が、印象がよかったです。まわりから浮き上がってしまう子どもは、今のほうがリアリティがあるのかもしれない。翻訳がだいぶおくれて出版されたおかげで、タイムリーになったところがあるかもしれませんね。

レジーナ:自由な魂を持ち、人間の世界になじめない妖精のサースキは、自分をもてあましているようで、すぐにかんしゃくをおこし、自分でもどうしていいのかわからないんですね。この作品では、荒れ地という土地に力があり、精霊が住んでいて、トポスともいうべき特別な場所です。そうした荒れ地と強く結びついているサースキの、心の奥底に押し込められた不安や孤独が、丁寧に描かれています。この作品の魅力のひとつは、サースキという人物像にあるのではないでしょうか。クモの巣のプレゼントに、けげんそうな顔をした母親に対し、「おばあちゃんにあげる」ととっさに言うサースキは、機転が利き、とても魅力的な女の子です。アンワラもヤノも、とまどいながらもサースキを愛し、バグパイプをもたせてくれます。妖精のサースキには、本来は感情がないはずですが、両親の気持ちにこたえ、恩がえしをしようとするんですね。そのように考えると、これはアイデンティティをテーマにした作品であると同時に、母と子の物語でもあるのではないでしょうか。感情がなく、享楽的な妖精と対比することで、人を愛したり憎んだり、さまざまな側面をあわせもつ人間の複雑さが浮き彫りになっているように感じました。ところで、デビルという名のヤギがでてくるのが不思議でした。悪魔とヤギが結びつくのはわかりますが、自分のヤギにデビルという名前をつけるものでしょうか。

クプクプ:お父さんはお父さんなりに、お母さんはお母さんなりに、サースキのことを愛していて、例えばバグパイプを持たせてくれるところにその愛情を感じました。サースキは、みんなの役に立ちたいと願い、例えばおばあちゃんのために薬草を摘む。お父さんのためには移動するミツバチを必死で追いかける。さまざな薬草に名前があり、薬効があり、ミツバチにはミツバチの生態があり、自然と共に生きる、こんな暮らしもいいなって感じます。異端として生まれた子が、自分の場所をどうやって見つけていくかというテーマとあいまって、時代を超えた作品になっているって思いました。派手ではないけれど、また読む力のない子はお話に入っていくのに時間がかかるかもしれないけれど、読みはじめたら、絶対にいい作品だと感じてくれるはず。

アカシア:いい作品です。まずはなにより、半分人間で半分妖精という存在を、人間の社会の中で描くのは難しいと思うんですけど、この作品では説得力のある描写になっていますね。物語世界にきちんとしたリアリティがある。妖精の世界に行ってしまったお父さんも、その心情がわかるし、「取り替え子だ」と言っているおばあさんのベスも、最後にはサースキに愛情を注いでいる。自然とともに生きているようなタムが、外見にとらわれずにサースキに理解を示すのもいいですね。ベスは最初から勘づいているんですけど、だんだんに確信をもっていく過程、そしてそれにもかかわらずいとしさを感じるようになる過程も、うまく書かれています。音楽の楽しさについても、読者にうまく伝わってきます。今は自分の居場所がないと感じている子どもがかなりいると思うので、そういう子たちの手に渡って読んでもらえるといいな。

夏子:物語世界が美しく構成されていて、作者の力を感じました。そういえば今回読んだ3冊には、どれもおばあさんがでてきて、存在感がありますよね。児童書には魅力的なおばあさんがつきものですが、また3人も増えた!

クプクプ:奇をてらわず、描写がきちんとして、人物像がきわだっていて。力のある作品ですね。

夏子:人間の世界で育った子どもだから妖精の世界には戻れないだろうなあ、と心配していましたが(笑)、放浪の民になる終わり方は、文句のつけようのない素晴らしいエンディングでした。

プルメリア:すっきりした感じで透明感のある作品だなって思いました。挿絵がよかったです。今回の3冊の中では、私は『怪物がささやく』が一番おもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


ふたつの月の物語

『ふたつの月の物語』
富安陽子/作
講談社
2012.10

夏子:力のある作品だな、と楽しく読んでいたのですが、最後で拍子抜けしてしまいました。おもしろかったのは、ふたりの性格の違う女の子がビビッドに描写されている前半です。里親に返されてしまい養護施設で育って、心を閉ざした美月と、愛されて育った月明(あかり)。美月がどうやって心を開いていくのかと、期待しました。しかし後半は、事件の謎解きが中心となります。孫を亡くして悲しんでいる津田さんというおばあさんの後悔の気持ちには、充分に共感を寄せることができます。とはいえ『怪物』の感想でも言ったとおり、後悔は、人間の心の一部ではないでしょうか。魂を呼び寄せる儀式をするあたりから、津田さんの後悔が身勝手に思えるようになってしまいました。心を閉ざした子どもが置き去りにされて、津田さんの物語になってしまったようで、そこが不満でした。とはいっても、独特の民俗的な雰囲気のなかで繰りひろげられるサスペンスは、酒井駒子さんのイラストの魅力もあって、楽しかったです。

レジーナ:活動的な月明とおとなしい美月という対照的な双子には特別な力が備わっていて、出自には秘密がある。こういう設定のファンタジーは陳腐になりがちですが、この作品は、最後まで読者をぐいぐい引っぱっていきますね。情景が目に浮かぶように描かれているからでしょうか。サスペンスの要素もあります。取り乱してわめく江島さんの姿は常軌を逸し、山んばのようにおそろしくて、先へ先へと読んでしまいました。結末はひっかかりました。愛する人を失って、それでも生きねばならないのが人生ですし、児童文学もそうした視点で書かれるべきものだとすれば、つらいのはわかりますが、津田さんの選択が「逃げ」のように感じられて……。

クプクプ:美月と月明のふたりを主人公とする世界に、すぐに引き込まれました。孤児院に誰かがやってきて、条件付きで子どもを引き取るという設定や、外界から離れた山荘を舞台にした設定はよく見かけますが、富安さんはお話作りがとにかく巧い! 美月には、人にはわからないにおいを感じ取る不思議な力があって、月明にお調子者のポップコーンのにおいを感じたり、津田さんには悲しみのにおいとして、梅雨のころの雨上がりの地面のにおいを感じたり。そういうディテールの部分で、何度もはっとさせられました。そんな数々の工夫が、全体を豊かにしていますね。また月明は、危ないところまで行くと、別の場所に飛んでしまう力があるんです……。でも自分たちが引き取られた本当の理由を調べていたふたりは、津田さんの悲しみの原因を見つけ、そちらの物語のほうがだんだん大きくなっていく。愛しい孫を死なせてしまった津田さんが、よみがえりのために夜神神社の真神の力を借りようとするんですが、ふたりの祖父も息子を蘇らせようと真神の力を借りていて、ここで話が響きあい、重なりあう。そのあたりが見事ですねえ。津田さんの儀式のなかで、美月と月明はただ石の笛を吹くだけ、というのは、少し物足りない気がしましたが。ふたりのお母さんで、真神の贄となった小夜香がどんな結婚生活を送ったのか、書かれていない部分も知りたいです!

アカシア:おもしろかったです。夏子さんは、美月を「里親に返されてしまい養護施設で育って、心を閉ざした」っておっしゃったけど、そう心を閉ざしているわけではないでしょう? 最初からずっと謎があって、それで読者をひっぱっていくのは、うまいですね。生き返るということについての安易ではない扱い方もいいし、どんでん返しもあって、読者を飽きさせません。私は、美月と月明がふたごだっていうところで、ちょっととまどいました。ふたごである必要があったのかな? それから最後に、景山の目が青く光るという描写があります。とすると、景山は、この子たちのお父さんなんでしょうか? 読み終わってもまだ謎が残って考えてしまうところが、またすごいです。

クプクプ:なにをテーマにしたかったんでしょうね。

アカシア:生と死じゃないでしょうか。

クプクプ:取りもどせない時間かな。

夏子:津田さんを描きこんでしまうと、女の一生になってしまって、すごく重いものになりますよね。わたしはやはり、ふたりの少女を描きたかったんじゃないか、と思います。ただそれがちょっと中途半端に終わった印象です。でも、あの、『怪物はささやく』の迫力とつい比べてしまって、申しわけない。こちらはこちらで充分おもしろく読めるのですが……

アカシア:石笛は、縄文の昔から神事などに使われているんですね。

プルメリア:次の展開が見えてくる部分がたくさんありますが、わかっていてもなぜか読ませる作品でした。二人にはなにかあるって予想を持ちながら、読んだのがおもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


怪物はささやく

パトリック・ネス&シヴォーン・ダウド『怪物はささやく』
『怪物はささやく』
パトリック・ネス /作, ジム・ケイ/絵 シヴォーン・ダウド/原作, 池田 真紀子/訳
あすなろ書房
2011.11

レジーナ:私はこの作品を、翻訳される前に読みました。原書を読むときは、距離をとって冷静に読むことが多いんですが、この作品は違いました。コナーが、不条理な現実に怒っているがゆえに素直になれないことを、「ちゃんとわかっているし、それでいい」と、母親が語る場面など……。電車の中で読みながら、涙が止まりませんでした。圧倒的な力を前に、どうすることもできない深い無力感や、行き場のない憤り、声にならない叫びが、漆黒の深遠で待ち受ける正体不明の怪物との対峙に表わされています。一方、話をするようせまる怪物は善悪を超えた存在です。大きな問いをぶつけ、私たちを根底から揺るがすんですね。そして受け入れまいと抗う中で、怪物は突然、コナーを外側から脅かすものではなく、内側から支えるものに変容します。「12:07」を待つ耐えがたい苦しみのときこそ、最後の恵みのときであり、愛する人がのこすことのできる全てなのだと感じさせます。そのことに、人間はそれぞれの「12:07」を繰り返すことでしか気づけませんが、この物語は、目をそらすことなく勇気をもって、その真実を描いた力強い作品です。人生に対する作者の誠実な向き合い方を感じますね。善と悪、弱さと力強さ、正義と過ち、人間は多面的な存在ですが、それでも怪物が人間に注ぐまなざしは率直で曇りなく、厳しくも温かく、人間に対する作者の信頼そのものだといえます。物語というのは、火を囲んでいた太古の昔からあるもので、そこには真実が含まれているんですね。コナーは怪物に自分の物語を語り、「早く終わってほしい」という本当の気持ちを話すことで、目に見える現実の奥にある真実を知り、自分の物語を生きる、いわば本当の人生を生きはじめます。p40の「わたしが何を求めているかではない。おまえがわたしに何を求めているかだ。」という台詞からは、怪物とは、人間が自ら働きかけてはじめてこたえる存在であることがわかります。p44の「飼いならされない」というのもそうですが、ナルニアのアスランを思い出しますね。冒頭の「その過ちをいますぐ修正することをおすすめする」という翻訳は、少し不自然に感じました。

クプクプ:挿絵と構成に工夫が凝らしてあり、気迫のこもった本だと、まず感じました。挿絵も、集中して見るうちに見えてくるものがあり、物語創りの一端を担っています。母さんの死を前にした少年コナーが、その不安を受け止めきれず、怪物を呼び出してしまう。かならず12時7分に登場する怪物は、「私はこれから三つ物語を語るが、四つ目はおまえが真実を語るのだ」といい、それが物語の外枠を作り上げています。この少年の真実とは、心の中の秘密とは、一体なんなのだろう、と好奇心を強くそそられました。怪物の語る二つの物語の中では、正義だと思えたことが結末でひっくりかえる。タイプは違う本だけれど『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳 早川書房)を思い出しました。意外な結末のほうが、「えっ、こんなのあり? なぜっ」て、読者に考えさせる力が大きく働くのかもしれませんね。そして二つ目の物語のあと、怪物はコナーの現実の中で破壊を行い、三つ目の透明人間の物語では、結末が出る前に怪物がコナーに絡むハリーを殴り飛ばす展開となる。それはすなわちコナー自身の衝動的な暴力を意味していて、ここで、物語そのものが壊れて現実の行動に取ってかわられる。ほんとに上手い作家です。「12時7分」の持つ意味も、最後に符号がぴたっと合うようにできている。ただ、コナーの隠していた真実が、私の予想通りだったことが、残念といえば残念だったかな。異形の者が登場する点、家族の死と生がテーマになっている点で『肩甲骨は翼のなごり』(デイヴィッド・アーモンド著 山田順子訳 東京創元社)に通じるものも感じたけれど、料理の仕方が違いますね。暴力も破壊も描き、人間の心の暗闇、ダークな面にまで踏み込んでいているけれど、葛藤を越えて母さんの死の瞬間を受け入れるまでを、ものすごく丁寧にすくいとっています。めったに無い作品で、感動しました。タイムファンタジー的な部分、時空を越えた物語のスケールの大きさも楽しみました。

夏子:これと『ふたつの月の物語』(富安陽子作 講談社)を2冊続けて読めたということが、よかったです。共通点と違いが見えて、両方の本への理解が深まったという気がします。『怪物は〜』は圧倒的におもしろくて、めったに出会えない傑作だと感じました。最初はやや読みにくかったな。「怪物」というのはつまり少年コナーが感じている恐怖や孤独が樹木の形をとっているのだろう、とつい思って読んでいました。こういう普通に心理的な読み方は、つまんないですよね(と反省)。それにしても3つの物語はストンと心に落ちるものがない、ヘンだなあと読み進んでいくうちにクライマックスへ。コナーは厳しい状況のなかで、疲れています。過大な負担から逃げたい、つまり「早く死んでほしい」という気持ちが心の奥にあって、それが自分で許せない。クライマックスは、私には衝撃的でした。クプクプさんは、コナーが隠していた真実が予想どおりだったと言っておられたけれど、私は予想していなかったのです(笑)。自分で自分が許せない気持ちを持つことがあること、でもその気持ちは心の全てではないわけで、つまり心は多面体なんですよね。この事実が圧倒的な力で迫ってくると同時に、多面体であることを知って、読者も深く慰撫される。子どもたちにぜひ読んでもらいたい本です。ところでこの本は、イラストがたくさん入っています。イラスト入りの小説というのは、斬新な試みですよね。文章はどんどん先を読みたくなりますが、絵はゆっくり見たいという気持ちを起こさせます。つまりイラストのおかげで、本のページをめくる速度が落ちるので、読みに独特なリズムが生まれていると思います。ただ文を縦書きにしたために、絵が裏焼きになっているんですよね。裏焼きになったがために、原書と印象が違っているものもあるように思いますが、皆さん、いかがですか?

ルパン:衝撃的な作品ですね。でも、最終的には、コナーの心の葛藤って、「早く死んでほしい」っていうことだけじゃないって思いました。後ろめたさを感じてるのは確かだけど、「終わってほしい」ということと「お母さんに死んでほしい」っていうことはイコールではないと思います。「行っちゃ嫌だ」ってストレートに言いたくても言えなかったのが、葛藤だったんじゃないでしょうか。「死んじゃだめ」って面と向かって言えない。そっちの方がつらいんじゃないかなって。すべてつらい状況ですね。やっぱり「ぼくを遺して死なないで」って言うのが、この子の本当の気持ちなんだと思います。大人が老人を見送るのとは違うので。母の死と向き合わなければならない子どもの悲しみをリアルに壮大に描いた作品だと思います。

アカシア:怪物は、意識下にあるものが夢として現れるんでしょうね。ある意味、少年が自分でつくりあげているわけなんでしょうけど、主人公の心の中にそういうものが登場する穴があいてるんですね。母と離婚した父親にはまったく理解されず、学校ではいじめられ、面倒を見てくれる祖母のことは好きになれない・・・この少年が、これ以上ないほどの孤独を感じているのがわかります。この絵がなくて文章だけだとまたずいぶんと違った印象になるでしょうね。その絵まで含めて、大した作品です。無意識から立ち現れた怪物ですが、受け入れるところから少年の心も少しずつ解放されていく。他の作家が書き残したアイデアから、ネスはどんなふうにこの物語を紡いでいったのでしょうね。それを知りたいです。

「子どもの本で言いたい放題」2013年7月の記録)


ありがとう、チュウ先生〜わたしが絵かきになったわけ

パトリシア・ポラッコ『ありがとう、チュウ先生:わたしが絵かきになったわけ』さくまゆみこ訳
『ありがとう、チュウ先生〜わたしが絵かきになったわけ』
パトリシア・ポラッコ作 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2013.06

アメリカの絵本。ディスレクシア(読字障害)をもっていたポラッコが、中国系のすてきな先生に出会って、美術の道を志すにいたるまでの経緯を描いた自伝的な絵本です。若き日のポラッコが、悩んだり、苦しんだり、喜んだり、ほっとしたり、得意になったりする様子が、生き生きと伝わってきます。子どもは愛情をかけられ、励まされて成長していくんですね。『ありがとう、フォルカーせんせい』(香咲 弥須子訳 岩崎書店)の、その後の物語。
(装丁:塚原麻衣子さん 編集:大塚奈緒さん)


1はゴリラ〜かずのほん

『1はゴリラ〜かずのほん』
アンソニー・ブラウン作 さくまゆみこ訳
岩波書店
2013.06

イギリスの絵本。1はゴリラ、2はオランウータン、3は・・・と、いろいろなサルや霊長類が登場する数の絵本。迫力ある絵がすばらしく、同じ種類でも1ぴきずつ個性が描きこまれています。最後にはなんと!

昨年9月にロンドンで最初にダミーを見つけ、その時、アンソニー・ブラウンさんとも話したのですが、「ぼくはどの絵本も作ってしまった後は関心がなくなってしまうんだけど、この絵本は違うんだ。自分でもとっても気に入っている」とおっしゃっていました。日本に戻ってきて完成した絵本を見た私は、すごい! と思いました。これまでのアンソニー・ブラウンとはひと味違う絵、そしてコンセプトです。ずっと見ていてもちっとも飽きない、不思議な力をもっています。ソデにある山極寿一さんの文章がまたいいんですよ。
(編集:須藤建さん)


ミサゴのくる谷

ジル・ルイス『ミサゴのくる谷』さくまゆみこ訳
『ミサゴのくる谷』
ジル・ルイス著 さくまゆみこ訳
評論社
2013.06

イギリスのフィクション。ミサゴというのは猛禽類の仲間で、日本では留鳥のようですが、この本の舞台のスコットランドでは夏に子どもを育て、冬になると西アフリカに飛んでいってしまいます。アメリカの緑の地球図書賞を受賞したこの作品では、そのミサゴが、スコットランドの農場で暮らす少年カラムと、ガンビアの病院で治療を受けていた少女ジェネバを結びます。ほかにも個性的なキャラクターが登場して、読み応えのある作品になっています。作者は、獣医さんから作家になった英国女性です。
(装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん 編集:岡本稚歩美さん)

*緑の地球図書賞(アメリカ)
*厚生労働省:社会保障審議会推薦 児童福祉文化財(子どもたちに読んでほしい本)特別推薦

紹介記事

・「子どもと読書」2013年11・12月号

 

・「朝日新聞」2013年9月28日(子どもの本棚)

 

・「子どもの本棚」2014年3月号

 


2013年06月 テーマ:ちょっと不思議? とっても不思議

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『2013年06月 テーマ:ちょっと不思議? とっても不思議』
日付 2013年6月27日
参加者 ハリネズミ、ルパン、レジーナ、プルメリア
テーマ ちょっと不思議? とっても不思議

読んだ本:

『シーラカンスとぼくらの冒険』
歌代 朔/作 町田尚子/挿絵
あかね書房
2011.09

版元語録:地下鉄に乗りこんだシーラカンスは、まぼろしか、妖怪か…!? 幼なじみのアキラと、自由研究で調べはじめたマコト。謎を解き、「師匠」と呼んでシーラカンスと友だちになった二人は、一緒に冒険に出かけることになり—。忘れられないひと夏の、友情と冒険の物語。
『12分の1の冒険』
原題:THE SIXTY EIGHT ROOMS by Marianne Malone, 2010
マリアン マローン/作 橋本 恵/訳 佐竹美保/挿絵
ほるぷ出版
2010

版元語録:アメリカのシカゴ美術館には、子どもにも大人にも大人気の展示がある。実物の12分の1の大きさで作られた、68部屋のソーン・ミニチュアルームだ。細部まで完ぺきに再現された豪華なミニチュアルームにあこがれるルーシーとジャックは、その中へ入っていける魔法の鍵を手に入れ、思いがけない冒険をすることに…。
『見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご』
原題:NATHANIEL FLUDD, BEASTOLOGIST: Book1:FLIGHT OF THE PHOENIX by R.L. LaFevers, 2009
R.L. ラフィーバース/作 ケリー・ マーフィー/絵 千葉茂樹 /訳
あすなろ書房
2012.12

版元語録:500年に一度、復活する幻獣フェニックスを見守るためにアラビアへとんだナサニエル。しかし、そこには世にも不思議な光景が…。

(さらに…)

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見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご

『見習い幻獣学者ナサニエル・フラッドの冒険1〜フェニックスのたまご』
R.L. ラフィーバース/作 ケリー・ マーフィー/絵 千葉茂樹 /訳
あすなろ書房
2012.12

ハリネズミ:まず翻訳者の力ってすごいな、と思いました。千葉さんの訳は、『1/12の冒険』と比べると、訳文のリズムからいっても、言葉の使い方からいっても、段違いにじょうずなんじゃないかしら。それに最初から「ありえない話なんだな」ってわかって読めるから物語世界に破綻がないですね。グレムリンのグルーズルっていうのがとても変ですが、登場するどのキャラクターもくっきりとしていて翻訳でもそれが明快なので、はっきりイメージできます。この幻獣学者のおばさんも、とんでもないけど素敵な人だし、おもしろく読みました。それに、訳文にユーモアがありますよね。でも、なぜか図書館にはあまり入ってないですね。タイトルがおぼえにくいのが、ハンデになってるのかも。今日の3冊の中では、とにかくこれがダントツにおもしろかったです。

レジーナ:おもしろく読みました。ミス・ランプトンはひどい人なのに、それに気づかず一緒に暮らしたいと願う主人公は、おっとりしているというか、人がいいというか……。ところでこの幻獣観察の目的は、なんなのでしょうか。

ルパン:とってもおもしろかったです。「しこたま」っていう訳語もツボにはまりました。翻訳がいいですね。こちらは4巻まで読破してしまいました。最後まで「読ませる」作品でしたよ。

プルメリア:場面展開が早く、ぱっと変わっちゃうのが気になりました。

ハリネズミ:そこは、ファンタジーだからいいんじゃないですか。特に気になりませんでしたよ。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


12分の1の冒険

『12分の1の冒険』
マリアン マローン/作 橋本 恵/訳 佐竹美保/挿絵
ほるぷ出版
2010

プルメリア:図書館で見つけてタイトルがおもしろかったのですぐ読みました。学級の子ども(小学校5年生)にすすめましたが、なかなか読めないようでした。ちょっと読みにくい部分があるのかなって思いました。2冊とも私が読んでから少し時間がたっているのであまりよく覚えていない部分がありますが、鍵がキーワード、体が小さくなること、その時代の社会・生活様式がわかること、トマスが発明家になることなどがおもしろかったです。また、おばあさんの設定が謎めいていました。2巻は、残念ながら1巻に比べて出来事や人物などあまり心に残っていません。

ルパン:翻訳が読みにくかったですね。読みごこちの悪さを感じながら、最後までいってしまいました。ルーマー・ゴッデンの『人形の家』が好きだったから期待したんですけど、これは全然ちがいましたね。正直、おもしろくなかったです。続編もいっしょに借りたんですけど、結局読みませんでした。

ハリネズミ:これも、ずいぶんとご都合主義的なストーリーのつくり方ですね。最初にミニチュアルームの裏に入るときには、たまたまドアがちゃんと閉まっていなかったのだし、2度目に入るときも、たまたまベビーカーの子どもが鼻血を出して警備員がその場を外してしまう。また夜になると美術館の照明は消えるのにミニチュアルームだけはついてるんですよね。p324では、警備員が錠に鍵を差し込んでロックされてるかどうか調べてるみたいですが(誤訳でなければ)、普通はそんなことしないですよね。それから、この子たちがミニチュアルームにあった鍵や本を勝手に持ってきてしまったり、ミスター・ベルの鍵をひそかに持ち出したりするんですけど、あまり気分はよくないですね、目的のためには手段を選ばず、っていうところが。それと、タイムスリップして出会う人たちの個性が立ち上がってこない。ぼんやりとした印象しか持てません。ゴキブリが声を上げるのも、どうなんでしょう。
翻訳もいくつか引っかかるところがありました。たとえばp6に「クレアは卒業を一年後にひかえた高校生で」とありますが、p8では「お姉ちゃんが大学に進学するまで、あと六百三十五日」となっています。p15には「母親のスタジオ」とありますが、画家なんだからアトリエくらいにしないと。またミスター・ベルについてですけど、p20では「美術館の警備員」だけど、p21では「この階の責任者として、ミニチュアルームのメンテナンスを担当している」となっています。警備員は普通メンテナンスを担当しないので、もっと別の訳語にしたほうがいい。p24の「しゃべりこんでいて」とか、p120の「このガラス窓は“フランス戸”も兼ねていて」も変です。p335の「なんて、願うわけにはいかない」は、どうしてそうはいかないのかが、わからない。それと、日本からのおみやげでもらったお弁当箱を日本のミニチュアルームの応接間においてぴったりだ、というところも、日本人が読むとおかしいですよね。
子どもたちがミニチュアの世界で冒険して時間を超えるという設定はとてもおもしろいのですから、子どもには本物をあたえようと思って、もっとしっかり作り、もっとしっかり訳してほしいと思いました。せっかくの素材がうまく活かされていないもどかしさがあります。

レジーナ:p158の戦闘シーンをはじめ、時代の描写が平面的です。タイムトラベルを扱った物語のおもしろさは、そこに生きていた人びとを生き生きと描くことにあると思うので……。ミニチュアルームにつながる扉がどこにあるのか、はっきりイメージできないのは、原文か翻訳に問題があるのでしょう。翻訳についてですが、p113の「その本を書いた人や、所有していた人たちと、いま、会話している……本気でそう信じるんだ」は、「本気でそう思えるんだ」ということでしょうか。p37の「興味、あるもん!」をはじめ、この年代の子どもの言葉づかいとしては、不自然な箇所がありました。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


シーラカンスとぼくらの冒険

『シーラカンスとぼくらの冒険』
歌代 朔/作 町田尚子/挿絵
あかね書房
2011.09

プルメリア:シーラカンスの登場という作品の設定に惹きつけられました。また、挿絵がいいなって思いました。内気でおとなしい少年の心情に寄り添いながら、話が自然に展開していく。シーラカンスのしぐさがかわいかったです。海底トンネルで上を見上げる場面「世界は限りなく広がっている」ようでいいなと思いました。また、終末に、子どもの未来像がでていたところがよかったです。

レジーナ:シーラカンスが地下鉄に住んでいるのに、だれも気にとめず生活しているという設定にリアリティがなく、違和感をおぼえました。研究所から救出したシーラカンスを自転車のかごに入れて、追っ手の大人から逃げる場面は、映画の「E・T・」そのままですね。

ルパン:出だしは村上春樹っぽいテイストでしたが…。語り手の子どもが妙におとなびていて、小学生だということがしばらくぴんときませんでした。地下鉄にシーラカンスがいる、という設定はユニークだと思ったんですけどね…物語が進むにつれてどんどんつまらなくなってしまって残念でした。

ハリネズミ:最初の部分は、おもしろくて何だろうと引きつける力がありますね。でも、だんだんストーリーに無理が出てきて、残念ながらその力が弱まってしまう。たとえば、保護区といっていながら地下鉄を通しちゃってるし、シーラカンスは銘板があるくらいだから知っている人は知っているのに、これまでは研究する人がいないという設定にも引っかかる。それからファンタジーといっても、この物語の中では現実界とまったく切り離された法則が働いちゃってますよね。シーラカンスが日本語を流暢に話すとか、宇宙空間に飛び出していくというのは、身体構造上無理だと思うんですね。「宇宙に行くには、空を、真上に向かって突きぬけるように飛んでいけばいい」(p108)ってあるけど、子どもだってシャトル打ち上げのシーンなんかをテレビで見てるわけだから、信じろって言っても無理だと思うんです。単体で何億年と生きているとか、プラネタリウムの映像にシーラカンスの若いときの姿が映るのも、どうなんでしょう? これがシーラカンスでなくて謎の生物だったり、舞台が異世界だったりすれば、あまり違和感を感じなかったかもしれませんが。その物語世界の中での決まり事をもう少しきちんと作ってくれるとよかったなあ。

ルパン:「お約束通り」ってわりときらいじゃないんですけどね。おもしろければ。でも、これは残念ながら「お約束」というより「ありきたり」だったかな。最初が良かっただけに、もったいないですね。

ハリネズミ:というより、「お約束」の世界がきちんとできていないのが残念。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年6月の記録)


ふしぎなボジャビのき〜アフリカのむかしばなし

ホフマイア再話 フロブラー絵『ふしぎなボジャビのき』さくまゆみこ訳
『ふしぎなボジャビのき〜アフリカのむかしばなし』
ダイアン・ホフマイアー再話 ピート・フロブラー絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2013.05

南アフリカの絵本。アフリカの平原に飢饉が来て、動物たちはみんなおなかをすかせています。おいしそうな実のなる木を見つけたのですが、なんとそこには大きなヘビが巻き付いていて、木の名前をあてないと実を食べさせてくれません。その名前を知っているのは、サバンナの王さまのライオンだけ。そこで動物の代表がライオンのところに出かけ、木の名前を聞いてくるのですが、いつも帰る途中でほかのことを考えたり、転んだりして、名前を忘れてしまいます。そこに登場するのは、小さくても賢いカメです。再話も絵も、南アフリカで生まれ育った人たちです。
(編集:吉崎麻有子さん 装丁・書き文字:森枝雄司さん)

*厚生労働省:社会保障審議会推薦 児童福祉文化財(子どもたちに読んでほしい本)選定

***

<紹介記事>

・「女性のひろば」2013年11月号

 

・「朝日小学生新聞」2013年10月5日


2013年05月 テーマ:旅に出よう

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『2013年05月 テーマ:旅に出よう』
日付 2013年5月23日
参加者 プルメリア、アカシア、レジーナ、ルパン
テーマ 旅に出よう

読んだ本:

『旅のはじまりはタイムスリップ』 (妖怪道中膝栗毛1)

三田村信行/著 十々夜/挿絵
あかね書房
2011.05

版元語録:ある日、大河原博士からよびだされた蒼一は、逃げた妖怪を追って、江戸時代へタイムスリップすることに…。日本橋から京都まで旅をする蒼一、夏実、信夫は妖怪たちにおそわれ、大ピンチ…!? 妖怪だらけのアドベンチャー・ストーリー。
『シフト』
原題:SHIFT by Jennifer Bradbury, 2008
ジェニファー・ブラッドベリ/著 小梨直/訳
福音館書店
2012.09

版元語録:高校を卒業して、大学が始まるまでの夏休み、親友のクリスとウィンは2カ月かけてアメリカ大陸を横断する自転車旅行に出かける。だが、ゴールの西海岸に到着する寸前、ウィンは突然姿をくらます。大学が始まっても戻らないウィン。行方不明となったウィンを捜して、クリスはふたたび二人で通った道を辿る。
『サラスの旅』
原題:SOLACE OF THE ROAD by Siobhan Dowd, 2009
シヴォーン・ダウド/著 尾高薫/訳
ゴブリン書房
2012.07

版元語録:少女ホリーは、引き出しに見つけたブロンドのウィッグをつけると、ゴージャスな女の子サラスに変わっていた。アイルランド方面へ旅にでたサラスの行き着く先は?

(さらに…)

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サラスの旅

『サラスの旅』
シヴォーン・ダウド/著 尾高薫/訳
ゴブリン書房
2012.07

レジーナ:ダウドは力のある作家ですね。p186で、チャルイドラインに電話する場面で、思わず自分が住んでいた場所を口にしてしまったり、どこかで止めてほしいと願いながら、どうしていいか分からず、自分の本当の気持ちに気づいていないサラスの姿にはリアリティがあります。子どもをよく見て、知っている人の書いた作品ですね。しかし、妥協せずに書いているので、読み手に伝わらない部分があります。p70で、彼女の名前を飛行機で空に描く男の歌を聞いたレイが、「自分の名前が空に描いてあると、想像してごらん」という場面も、よく分かりませんでした。悪い子になろうとするサラスにも、共感しづらく感じました。そうせざるをえなかったんでしょうが、すぐに嘘をついたり、服を盗んだり……。p235に「短くかんだ爪」とありますが、かみ続けた結果、深爪になってしまったということなので、少し不自然な翻訳に感じました。

ルパン:私は、今日の3冊のなかでいちばんよかったです。たしかに最初のところでは感情移入しにくいですが。でも、この子の自分勝手さも感じ悪さも、だんだん絡まった糸がほぐれるように解明していって、親にちゃんと育ててもらわなかったことで傷ついていたこともわかり、親以外の人たちの愛情を得られるプロセスも見えてきて、読ませます。出会った人たちがみんないい人であるところも好感がもてます。菜食主義者のフィルとか。危ないシーンもあるけれど、運良く切り抜けていくし。ラストのp359で、この旅でいろんな人にたくさんのことを教えてもらったと気づくところに好感がもて、感動しました。何かにつけて里親のことを思い出すところも、ふつうの少女らしくてかわいい。レイのことも、「きみの名前が雲になる」と言われたことを何度も思い出しているし。最後はちゃんと里親のところにもどり、読者も安堵感と幸福感を味わえます。『サラス』の今後を想像するのは、『シフト』の続きを考えるよりずっと楽しくてわくわくしました。ウィッグをかぶると別人になるという設定もうまくできています。

アカシア:ホリーは14歳なのに、リアルな現実をまだ受け止められずに母親を理想化しているのが、不思議でした。『ガラスの家族』(キャサリン・パターソン著 岡本浜江訳 偕成社)のギリーも同じような境遇で、突っ張ってます。でも、あっちはまだ11歳で虐待はされてないみたいだから、母親を理想化するのもわかるんですけど。それと、ホリーの内省的な部分がちっとも書かれてないので、最後になって急に内省的になるのがなんだかしっくりこなかったんです。劇画みたいでね。

ルパン:ずっと会っていない母親をどんどん理想化していくのはむしろ自然に思えますが。

アカシア:でも、ホリーの場合は、母親から熱いアイロンを頭に押しつけられるという虐待も受けてる。それなのにここまで理想化できるのかな? ソーシャルワーカーたちも言うだろうし。

ルパン:言われても、受け入れられないんでしょうね、きっと。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


シフト

『シフト』
ジェニファー・ブラッドベリ/著 小梨直/訳
福音館書店
2012.09

レジーナ: p54の「歯ブラシの柄に穴を空けて、荷物を軽くする」や、p147の「コウモリ少年」など、意味の分からないところが、いくつかありました。p137の「ヒルクライマー」に、「山登りサイクリスト」という読み仮名がついていますが、何か特別な意味があるのではないかと読者に思わせてしまうので、ない方がよいと思いました。はく製が苦手だったり、強がっているけど、弱いところのあるウィンの性格が、よく描かれています。いなくなってはじめて、ウィルとの関係を心のどこかで窮屈に感じていたのだと、それまで気づかなかった感情を自覚する場面や、自分たちで友情に区切りをつける最後の場面も、心に残りました。ヤコブと天使の相撲や、旅路を見守る聖クリストファーなど、聖書を題材にしていますね。

ルパン:おもしろかった。時系列が行ったり来たりするので、慣れるまでちょっと時間がかかりましたが。p156にクリス・マッカンドレス事件のことが書いてあるんですが、この作者はそれに触発されてこの作品を書いたのかも、と思いました。何年か前に、その事件を題材にした『イントゥ・ザ・ワイルド』っていう映画を見たことがあるんです。事実に基づいて作られた映画なのですが、わかりにくい事件で、クリス・マッカンドレスはせっかく救われて幸せになれるチャンスがあっても、結局それをふりきってアラスカの荒野に入って命を落としてしまうんです。見てるとイライラするっていうか・・・人の愛に気づかないで、何やってるんだろうって、思うんですが、この作者はその事件に対する世間の消化不良感を、新しい作品にして解決したのかもしれません。もう一つのマッカンドレスの人生を用意した、というか。

レジーナ:若さゆえの傲慢さでしょうか。他者性が欠落しているので、自分がどれほどまわりの人に心配をかけているのか、気づかないんでしょうね。

ルパン:ウィンのこのあとの人生はどうなるんでしょうね。

アカシア:そのうち帰ると書いてありますよ。

レジーナ:展開が速いから、映画向きの作品かもしれませんね。

アカシア:私もおもしろく読みました。さわやかな青春小説ですね。読んでいるとき、本の開きが悪くてすぐ閉じてしまうのが残念。翻訳はp24の「あの子のことはね、自分の息子だったらと思うくらい、お母さんも大好きだけど」の「お母さん」に引っかかりました。母親が自分のことを指して「お母さん」って言うのは日本では一般的ですけど、それを良しとするのかどうかってところに、翻訳者のジェンダー観が出るのかもしれません。日本の女性も、もっと自分を持ったほうがいいと考えている翻訳者は、たぶんこうは訳さない。p25のマーシャルプランは、ただマーシャル大学にかかってるだけじゃないから、注があったほうがよかったかも。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


旅のはじまりはタイムスリップ

『旅のはじまりはタイムスリップ』 (妖怪道中膝栗毛1)

三田村信行/著 十々夜/挿絵
あかね書房
2011.05

プルメリア:登場人物三人のキャラクターがそれぞれ個性的でおもしろかったです。

アカシア:私はステレオタイプだと思ったけどな。

プルメリア:ステレオタイプだけど、それぞれ個性が違うという意味で。

アカシア:このシリーズの、ほかの作品もお読みになった?

プルメリア:4巻まで読みましたが、最初がいちばんおもしろかったです。子どもの大好きな妖怪、笑いが出る弥次さん喜多さん、なぞの虚無僧などが次々に登場してきて飽きさせない。ふしぎなのは子どもだけで旅をするので、設定が不自然だったりするにもかかわらず、いろんなものが登場し、また事件がおきるので、その不自然さを感じさせない。江戸時代の生活のようすが子ども目線でわかりやすく読めます。この作品はエンタメですかね。

アカシア:そうでしょうね。

プルメリア:私は学級(5年生)の子ども達に紹介するとき、見返しの五十三次の地図も紹介しました。

アカシア:この作品、子どもは好きですか?

プルメリア:学校の図書館にはまだ入っていないので、公立図書館で借りてきたのを、たくさんいる希望者にじゃんけんしてもらって貸し出しています。希望するのは、どちらかというと男子が多いです。女の子は青い鳥文庫の「若女将シリーズ」とか「黒魔女さんシリーズ」が多い。今は、テレビでも時代劇の放送があまりないので、江戸時代を学習した6年生の子が読むと、もっとよく時代背景や文化・人々の暮らしがわかると思います。

アカシア:エンタメですけど、作者がベテランの三田村さんなので、安心して読めますよね。舌長姥、朱の盤、蒼坊主、ろくろっ首など、次々にいろいろな妖怪が登場してくるのも楽しい。唐突にやじさん、きたさんが出て来たり、おじさんが子ども三人だけで危険な旅をさせたりするのは、ご都合主義的な設定と言えますが、エンタメなので、まあ仕方がないか、と。印籠、関所、五右衛門風呂など、江戸時代の暮らしについての知識も得られるように物語がつくられていますね。

レジーナ:おもしろく読みました。妖怪の居場所をなくすために、町を明るくしたという設定も、よくできていますね。一度、過去にタイムスリップして、五郎左衛門を捕まえたから、妖怪の被害は現代の歴史に残っていないというのも、筋が通っています。未来や過去を行き来する物語としては、『時の町の伝説』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作 田中薫子訳 徳間書店)を思い出しました。でも『時の町の伝説』ほど複雑でないので、読みやすかったです。

ルパン:おもしろかったです。ただ、シリーズということに気づかないで読んでいたので、終わりに近づいてきたとき心配になりました。まだまだ旅の途中なのに、って。あとで見たら小さく書いてあるんですけど、わかりにくいなあ。2巻からはどうなっているんだろう。子どもが続編から先に読まないか心配です。あとからつっこまれないように考えたのか、ちょっと先回り的に説明しすぎるきらいがありましたが(p31とか)、それ以外は楽しく読めました。

レジーナ:私も同じ疑問を感じたので、この箇所は必要だと思いました。ただ、教科書のように説明的なので、書き方を工夫すればよかったのでしょうね。

ルパン:三田村さんの作品を小さいときに読んだときは、かなりシュールな感じがしてたんですけどね。それもおもしろかったけど、こういうのも明るくていいですね。著者はかなりのご高齢だと思うのですが、それを感じさせない若々しさがある作品ですね。すごいと思います。

レジーナ:エンタメでも内容はしっかりしているので、勤務先の中学の図書館にも入れたいと思いました。

ルパン:昔は水戸黄門とかテレビで見ていたので江戸時代にもなんとなくなじみがありましたけど、最近はそういう番組も少ないし、見る子もあんまりいないと思います。こういう作品で昔の風俗を知るのもいいんじゃないかな。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)


あかちゃんぐまはなにみたの?

『あかちゃんぐまはなにみたの?』
アシュリー・ウルフ作 さくまゆみこ絵
岩波書店
2013.04

アメリカの絵本。巣穴の奥深くで目をさました赤ちゃんグマが、さまざまな色の世界と出会っていきます。おひさまの黄色、オークの葉っぱの緑、カケスの青、マスの茶色、イチゴの赤、チョウチョウのオレンジ色……でも、やがて風と雨がやってきて、赤ちゃんグマはお母さんについて巣穴にもどります。そしてまたすてきな色と出会うのです。はじめて日本で翻訳が出たこの作者は、森と動物に囲まれて育った女性です。
(編集:須藤建さん)


わたしには夢がある

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア文 カディール・ネルソン絵『わたしには夢がある』さくまゆみこ訳
『わたしには夢がある』
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア文 カディール・ネルソン絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2013.04

アメリカの絵本。キング牧師が「ワシントン大行進」で集まった人びとに向かって、リンカーン記念堂の前から有名な演説を行ったのは、1963年8月。半世紀前のことです。もちろんこの演説のことは私も知っていましたが、訳すにあたってもう一度考えながら読み直してみました。演説の映像も見てみました。キング牧師は最初のうち草稿を見ながら演説をしていますが、I have a dreamのあたりから、草稿を見ず、思うままに語り始めます。その後、1968年にキング牧師は暗殺され、犯人が逮捕されますが、ケネディの時と同じように、国家の上層部(CIAやFBIなど)がかかわる陰謀だという説が根強くあるようです。この絵本の巻末には、その日の演説の全文が載っています。格調の高い、勢いのある演説をなるべくわかりやすい言葉で訳すのに苦労しました。
(装丁:森枝雄司さん 編集:相馬徹さん)


砂の上のイルカ

ローレン・セントジョン『砂の上のイルカ』さくまゆみこ訳
『砂の上のイルカ』
ローレン・セントジョン著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2013.04

『白いキリンを追って』の続編です。舞台は南部アフリカ。大移動するイワシの群れを追って、鳥、イルカ、サメ、アザラシ、クジラが乱舞するサーディン・ラン。主人公の少女マーティーンは、心にわだかまりを抱えたまま、学校の旅行で、このスペクタクルを見に行くことになりました。ところが、大嵐に見舞われて大揺れに揺れた船から落ちてしまいます。助けてくれたのは、なんとイルカでした! マーティーンは何人かの子どもたちと一緒に、謎の多い島に流れ着きます。イルカと子どもたちの結びつきを描いた冒険物語。
著者は、南部アフリカのローデシア(今のジンバブウェ)で生まれ、16歳まで野生動物と接しながら農場で育った女性です。
(装丁・タカハシデザイン室 編集・山浦真一さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定